カップに残ったコーヒーと、専務の前では蛇に睨まれた蛙のようだった私。そんなに前の話じゃないのに、ずいぶん昔のように遠く感じる。
ふいに私を振り向いた加郷が、急に「あっ」と言って立ち止まった。
「え? なに?」
背の高い加郷は屈みこんで、私の耳のあたりを覗き込む。
「な、なになにどうしたの?」
戸惑いながら身を引くと、加郷はさらに近づいてくる。
「何かいる」
「え? いるって何?」
「ジッとして、取ってあげるから」
加郷が髪に触れた。
「取ったよ。冬なのに虫がいた」
「ええー、やだ。ありがとう」
「なぁ吉月、俺と一緒に辞めないか?」
立ち止まったまま唐突にそう言いだした加郷の瞳が、いつになく熱を帯びて見えた。
「またそうやって、冗談だよとか言うくせに」
誤魔化すようにクスクスと笑って、心なしか加郷から避けるように振りむいて、通りに視線を移した。
見慣れた車が信号待ちで止まっている。
――専務?
ふいに私を振り向いた加郷が、急に「あっ」と言って立ち止まった。
「え? なに?」
背の高い加郷は屈みこんで、私の耳のあたりを覗き込む。
「な、なになにどうしたの?」
戸惑いながら身を引くと、加郷はさらに近づいてくる。
「何かいる」
「え? いるって何?」
「ジッとして、取ってあげるから」
加郷が髪に触れた。
「取ったよ。冬なのに虫がいた」
「ええー、やだ。ありがとう」
「なぁ吉月、俺と一緒に辞めないか?」
立ち止まったまま唐突にそう言いだした加郷の瞳が、いつになく熱を帯びて見えた。
「またそうやって、冗談だよとか言うくせに」
誤魔化すようにクスクスと笑って、心なしか加郷から避けるように振りむいて、通りに視線を移した。
見慣れた車が信号待ちで止まっている。
――専務?



