政略夫婦の愛滾る情夜~冷徹御曹司は独占欲に火を灯す~

 カップに残ったコーヒーと、専務の前では蛇に睨まれた蛙のようだった私。そんなに前の話じゃないのに、ずいぶん昔のように遠く感じる。

 ふいに私を振り向いた加郷が、急に「あっ」と言って立ち止まった。

「え? なに?」

 背の高い加郷は屈みこんで、私の耳のあたりを覗き込む。

「な、なになにどうしたの?」

 戸惑いながら身を引くと、加郷はさらに近づいてくる。

「何かいる」

「え? いるって何?」

「ジッとして、取ってあげるから」

 加郷が髪に触れた。

「取ったよ。冬なのに虫がいた」

「ええー、やだ。ありがとう」

「なぁ吉月、俺と一緒に辞めないか?」

 立ち止まったまま唐突にそう言いだした加郷の瞳が、いつになく熱を帯びて見えた。

「またそうやって、冗談だよとか言うくせに」

 誤魔化すようにクスクスと笑って、心なしか加郷から避けるように振りむいて、通りに視線を移した。

 見慣れた車が信号待ちで止まっている。

 ――専務?