気づかれないように、私はそっと薔薇の家を出たけれど。
(もしかしてあの時気づいていたの?)
いや、まさか……。
「薔薇の家。私、大好きでした」
あの時君もあの場にいただろうと、もしかしたら気づいていたと言ってくれるの?
息を殺して専務の口が開くのを待ったけれど、続きはない。
空になった盃に気づき、お酒を注ぐと専務は「ありがとう」と微笑み、今度は専務が私の盃にお酒を注ぐ。
もし彼があの時私を見ていても、印象に残るような私じゃない。覚えてはいないだろう。
でも、二度だ。花柄の絆創膏とクリスマスパーティ。私と専務は薔薇の家で二度も会っていた。
「専務。私、新入生歓迎パーティで上級生に絡まれていたところを、専務に助けて頂いたんですよ」
「ん?」
「かっこよかったですよ、専務がチラリと見ただけで、上級生は逃げて行っちゃって」
そこまで言って、ふいに思い出した。
『おかしな夢は見ないことね。あなたも青扇なら、よくわかっていると思うけど』
腕を組んで顎を上げ、私を見下ろした織田以知子さん。
途端に心に影が差す。
「ん? 食べないのか?」



