推しの子を産んだらドラマのヒロインみたいに溺愛されています(…が前途多難です)


「小森さん。物件の確認は以上です。鍵をお預かりします」

 私はカバンの中から鍵の入った封筒を取り出した。そして、今日使ったカギをキーホルダーから外して手渡す。

「これです。よろしくお願いします」

「確かに、お預かりいたしました」

 不動産さんを見送ると、秋山さんの車に乗り込んだ。

「秋山さん、車出してくれてありがとう」

「いえいえ。役に立てて光栄です」

 秋山さんは本当にいい人だ。

私が雄飛のパートナーだからよくしてくれているのだろうけれど、普通に出会っていたら好きになってしまうかもしれない。

「もう二時だね。お昼どうする?」

「あー、そうですね。俺、行きたいところがあるんですよ」

「行きたいところってどこ?」

「少し先に海鮮料理のうまい店があって、そこに行きたいなと思ってたんですがどうですか?」

「いいね、行こう」

「じゃあ、決まりで」

 到着したのは趣のある高級旅館だった。

「……ここ?」

 てっきり食堂かレストランかだと思っていたのに。

「はい。以前撮影でお世話になったことがあるんですよ。日帰で温泉も入れるし、疲れを取るのにちょうどいいかなと思って。あ、もちろん混浴はしませんよ?」

 一瞬でも意識してしまった自分が恥ずかしい。秋山さんと私がどうにかなるわけがない。

「わ、分かってるよ。早くいきましょ」

 通された部屋には露店天風呂がついていた。

「お食事の準備ができるまでおくつろぎください」

 着物を着た従業員の女性は静かにふすまを閉める。

「俺たち、恋人同士だと思われてますよね」

「……どうかな?」

「否定しないでくれてありがとうございます。俺、風呂入ってこよう。まひるさんは?」

「私はいい! 秋山さんだけどうぞ」

「そんな全力で拒否しなくても……じゃあ、遠慮なく」

 秋山さんはそう言って、部屋の奥にある露天風呂へと入っていった。

静かな室内に水音が響きわたり私は後悔の念に苛まれる。

いくら秋山さんが安全な人だと分かっていてもこんな場所についてくるんじゃなかった。

ああ、でも自意識過剰かもしれない。

秋山さんはただ温泉に浸かりたかっただけなのに、私があらぬ想像をしているだけなんだ。