「桜さん?」

夜道で名前を呼ばれ、思わずビクッとなった。恐る恐る振り返ると、そこには私服姿の奏多さんが立っていた。

「奏多さん……」

奏多さんの姿を見てホッとする。奏多さんは私だと分かると駆け足で私の元へやって来た。

「こんな時間に一人で夜道を歩いてたら危ないですよ」

「えっと、忘れ物を届けに奏多さんの家へ向かってました」

私は鞄から携帯を取り出して奏多さんへ渡した。

「わざわざすみません。忘れた事には気づいたんですけど、ちょうど友人と約束があったので明日にでも取りに行こうと思ってたんですよ」

そう言って申し訳なさそうに私から携帯を受け取る。

「手元に携帯がないと不便かと思いまして。それに、何度か携帯が鳴ってましたし」

奏多さんは慣れた手つきで携帯を操作する。これから『マナ』さんに連絡するなのかな。

「それでは私はこれで。おやすみなさい」

私はこの場から早く立ち去りたくて、無理に笑顔を作ってペコっと頭を下げた。

「送りますよ。一人歩きは危ないですから」

「いえ、家まで遠くないし一人で大丈夫ですから」

「駄目です。きちんと送らせて下さい」

私達が「大丈夫」「駄目」の言い合いを繰り返していると、また奏多さんの携帯が鳴り出した。