「申し訳ありません、若旦那様。私が不用意にヒース侯爵様のお名前を口にしたから…」
眠りについたコンスタンスを確認して部屋の外に出たリアは、涙ぐみながらエリアスに謝った。

「…オレリアンの?」
「お嬢様が侯爵様からいただいた装飾品について、詳しく話してしまったのです」
「いや、それは仕方ないよリア。私たちはあえてコニーがオレリアンからもらったものを隠したりしなかったし。コニーもそろそろ現実に向き合わないと、オレリアンも可哀想だと思っていたからな。だが…、オレリアンの名前を聞いて頭痛が起きたのは厄介だな…」
そう言うとエリアスはため息をついた。

妹が少しずつ前を向いているのは確かだ。
最近では王太子の話題が出ても話せるようになっていたし。

ただ、相変わらず夫に関しては全く興味がないようで、話題にも上らない。
ゆっくり養生して欲しい、なんならずっとここにいて、一生面倒を見てやってもいいとまで思っているが、毎日足を運んでくるオレリアンを見ているとさすがに気の毒になる。

彼は妻に会いたいとも顔を見たいとも言わず、ただ、毎日元気かどうかだけ確認して帰って行く。
一輪だけ持って来る花は、いつも自分が花屋に寄って見繕っていると言う。

昨日は小さめのひまわりだった。
「輝く太陽みたいなところが、コニーに似てると思って」
そう言って恥ずかしそうに笑ったと言う。

コンスタンスに会わせてやろうと話したこともあるが、彼は彼女自身がその気になるまでいつまででも待つと言った。

妹には、彼の優しさに、彼の一途さに、早く気づいてやって欲しいと思う。
だが、今回のように過去と向き合おうとすると頭痛が起きるのでは、簡単に会わせるわけにもいかない。

「どうしたものか…」
エリアスは扉の向こうに眠る妹を思いながら呟いた。

◇◇◇

翌日も一輪の花を手に公爵家をたずねたオレリアンは、コンスタンスがまた頭痛を起こしたと聞き、蒼白になった。
しかも、自分の話題が出た直後だと言う。
すぐに痛みは治まったと聞いてホッとはしたが、その事実はオレリアンの胸を抉った。

そしてその翌日、オレリアンがルーデル公爵家を訪ねることはなかった。