国王と王妃も記憶は操作されていない。
 二人は、ルビエ公国と縁がつむげればいいという考えで、ルクレツィアの行いを黙認している。

(レイノルド様に記憶が操作されていると気づいていただければ、少なくともルクレツィアと距離を取ってくださるのではないかしら?)

 たとえマリアを愛すことはなくても、レイノルドが守られればそれでいい。

「ヘンリー様、どうかレイノルド様を守って差し上げてくださいませ。わたくしはおそばにいられませんから……」

 口に出すと辛い。でも耐えなければ。
 マリアは、沈痛な顔を横に向けて、せめて片方の目に浮かんだ涙を隠す。

 けなげに恋人を想う表情に、ミゼルもヘンリーも目を奪われた。

「マリアヴェーラ様……」
「へえ……」

 これほどまでに美しい女性は、タスティリヤ王国、いやアカデメイア大陸を探しても他にはいないだろう。

「任せて。それと、王子サマとオレたちがこうなった原因も探ってみようと思うよ。やられっぱなしは腹が立つから」

 ヘンリーが素直にそう言えたのは、マリアの表情があまりにも切なかったから。

 そして、自分も彼女のような恋をしてみたいと思えたからだった。

「ありがとうございます、ヘンリー様」

 しょんぼりしていたマリアが嬉しそうに微笑む。
 それを見て、ヘンリーはぽろりとこぼす。

「かわいいじゃん」
「ヘンリー様! マリア様に何かしたら私が許しませんよ」

 隣の情報通に釘を刺されて、首をすくめる。
 高嶺の花と呼ばれるだけあって、信者はたくさんいるようだ。

 自分もそのうちの一人になったと、ヘンリーはしっかり自覚していた。