【受賞&書籍化】高嶺の花扱いされる悪役令嬢ですが、本音はめちゃくちゃ恋したい

 ダグラスは一瞬、ぽかんとした。
 しかし記憶改竄の魔法は禁忌だと知っていたらしく、すぐに背を椅子にもたれる。

 仕立てのいいダブルのスーツは、脇から腰にかけて美しいしわを作った。
 マリアとは趣味が異なるが、兄は兄で着るものにこだわりが強い。

「馬鹿げたことを言うな。記憶の改竄および封印は、魔法利用に関しての国際法で禁止されているんだぞ。もしも使ったら通報される」

「それは魔法が浸透した国の場合ですわ。魔法がないタスティリヤ王国では誰も気づけない。なぜなら魔法で記憶を操れると知らないからです。わたくしは自力でレイノルド様の異常に気づきましたが、アルフレッド様は心配しつつも魔法が原因だとは思っておられません」

「第一王子殿下もか……」

 ダグラスの顔色がどんどん悪くなっていく。
 双子の兄が違和感を持つとなれば、単なるマリアの妄想ではないと、彼も感じたようだ。

 マリアは、机の上にコベント教授に渡された本を置いた。

「ルビエ公国には魔法使いがいて、大公一族や貴族に仕えているとこの本に書いてありました。公女の身分であれば、自らの手を汚さずに禁忌の魔法を施すことは可能です。ルビエ公国に留学したことのあるお兄様の知見として、公女が他国の王族に取り入るような状況に心当たりはございまして?」

「……私が留学していたのはもう十年も前だ。ルビエ公国の現況には詳しくない」
「でも、結婚するまで連絡は取っていらっしゃったはずですわ」

 ダグラスは、子爵家出身の妻と二人の子どもがいる。
 子どもたちは三歳と一歳の可愛い盛りで、一年のほとんどを領地で過ごすが、王都に遊びに来た時はマリアも遊んでいる。

 その際の義姉との世間話で、兄がルビエ公国にいる友人との連絡をきっぱり止めたと聞いたのだ。

「抜け目のないやつだな」

 ダグラスは荒っぽい手つきで机を漁り、紐でまとめた手紙の束を取り出した。
 開封された封筒は、長い期間を経て黄色く変色している。

「大事に取っておられたのですね。お相手はどなたですか?」