大国の公女という地位と、レイノルドと近い年齢。
 これまで婚約者を持たずに生きてきたレイノルドと実にお似合いだった。

(すぐに結婚準備をはじめて――いや、準備は前からしていたような)

 そもそも、レイノルドはルクレツィアにプロポーズしていない。
 国王に婚約を認められてもいなければ、婚約披露パーティーも催していない。

「ヘンリー。俺は、どうしてルクレツィアと結婚しようとしているんだ?」
「どうしてって適当な相手だからでしょ。王子サマ、頭でも打った?」

 執務室の菓子入れを漁っていたヘンリーは、悩むレイノルドを薄笑いで一蹴する。
 レイノルドはこの国の第二王子だが、ヘンリーの言動に敬意はみじんも見当たらない。

 チョコレートを見つけたと揺れる赤毛に、小さく嘆息して視線を下げる。

「俺の意思とは関係なく話が動いている気がする」

「政略結婚なんてそんなものだよ。国とか家とか大きなまとまりの利益になるように番わされるのが王侯貴族の宿命でしょ。それとも何? 今さら恋したいとか思っちゃってるわけ?」

 恋。

 その言葉を聞いた途端、レイノルドの胸がざわっとうずいた。

(なんだ、今のは)

 心の奥の、大事な部分に触れたような気がした。
 違和感を言語化する前に、ヘンリーの声で現実に戻される。

「これお気に入りだよね。廃棄用の箱に入っているけど捨てていいの?」

 ヘンリーがつまんでいたのはスズランのラベルピンだった。
 どう見ても安物だし、お気に入りというわけではないのだが、付けていないと落ち着かない品だ。

「今日はないと思っていたが、そんなところに落ちていたのか。返してくれ」

 ヘンリーは、レイノルドの手のひらにピンを置いた。

「王子サマ、それひょっとして誰かからの贈り物?」
「俺が買った。おそろいなんだ」
「おそろいって誰と?」

「……覚えてない」