ルクレに付き添っていた侍女が顔をのぞかせた。
 休憩中だった娘たちは、レイノルドを一目見ようと隣室に移動した。

 残されたマリアは、ドアの隙間からこっそり隣室をのぞく。

 採寸を終えたルクレツィアは衝立の向こうでドレスを着こんでいて、レイノルドはその手前に、不機嫌そうな顔で立っていた。

 メジャーを首にかけたペイジが衝立から出てきて、ルクレツィアのサイズのメモを叩く。

「殿下、ルクレツィア様はかなりスレンダーで、ジステッド公爵令嬢とは体型が違います。彼女のためにお作りになったウェディングドレスを仕立て直すよりも、別のドレスをお作りになった方が絶対にいいですよ」

「ジステッド公爵令嬢のウェディングドレス?」

 レイノルドは、なぜその名を出したんだと眉をひそめる。

「兄貴に婚約破棄されたのに、なぜドレスを作ったんだ?」

 まるで、マリアがドレスを製作したのを覚えていないかのような口ぶりだった。

(まさか、本当に覚えていらっしゃらないの?)

 核心に迫った気がした。
 レイノルドが、マリアの一切合切を忘れてしまったのなら、この反応も理解できる。

(そんなことあり得る?)

 レイノルドとマリアは一朝一夕の付き合いではない。

 マリアがアルフレッドと婚約している間も、彼は一途にマリアを見守ってくれた。
 叶うはずのない片思いをこじらせて、学園を卒業したら行方をくらませようと思っていたほどだ。

 確実に言えるのは、これが演技ではないということ。

(未知の病気か、不慮の事故か、それ以外の理由があって、レイノルド様はわたくしのことを忘れてしまったのかもしれないわ)

 彼の意思で捨てられたのではなくてほっとした。
 と同時に、まだ予想でしかないと渇を入れ直す。

 どんな理由があるにせよ、レイノルドがマリアを覚えていないことには始まらない。

「レイノルド様、わたくし仕立て直されたドレスが着たいのです」

 衝立の中からルクレツィアが甘えた声を出すが、ペイジは断固として首を振った。

「それではいけません。殿下、ご決断を」

 真逆の意見に挟まれたレイノルドは、うんざりした様子でため息をつく。

「仕立て直しでも新しく作るでも何でもいい。式に間に合うようにしてくれ」

 それだけ言って部屋を出ていく。
 侍女たちはもっと見ていたかったと大騒ぎするが、マリアは目の前を通り過ぎていく愛しい人の横顔を切なく見送ったのだった。