マリアはぴたっと足を止めた。
 秋薔薇を鑑賞しているレイノルドの腕に、渦中の少女が腕をからめている。

(どうして、ルクレツィア様と……)

 二人の距離は異常なほど近い。
 ルクレツィアが頭をあずけて甘え、視線を合わせる様子はまるで恋人同士だ。

 ずきん、とマリアの胸が痛んだ。

 ルクレツィアは、身長差や美貌、ありとあらゆる面でレイノルドとお似合いだ。
 外見にコンプレックスを持つマリアにとって、自分より素敵な女の子がレイノルドといることは、それだけで苦しい。

 悲痛な顔をしていたら、ルクレツィアが気づいて近寄ってきた。

「こんにちは、マリアヴェーラさん。私はレイノルド様と薔薇を鑑賞していましたの。あなたは?」
「わ、わたくしは、レイノルド様にお菓子をお渡ししようと……」

 クッキーの籠を両手で持ち上げると、レイノルドは気味が悪そうに顔をしかめた。

「なぜ俺に?」
「なぜって、いつもおいしそうに召し上がっていらっしゃるからですわ」

「誰に聞いた。俺に取り入るつもりか?」
「え……?」

 マリアは閉口した。
 取り入るって、どういう意味だろう。

 何も言えないマリアを、レイノルドは呆れたまなざしで叱る。

「ここは宮殿だぞ。一介の貴族令嬢に料理を持ち込ませるとは、衛兵は居眠りでもしていたのか」
「衛兵はきちんと身元を確認してわたくしを通してくださいました。いつものように!」

「いつも宮殿に出入りしているのか。もう兄貴の婚約者ではないんだから、わきまえてくれ」
「そんな……」

 面倒くさそうに言い放たれて、マリアの目の前が真っ暗になった。

 レイノルドは、クールな素振りはするが冷淡ではない。
 自分に自信が持てないマリアをそっと抱き寄せて「かわいい」と言ってくれる、心優しい王子様だ。

 それなのに。
 今の彼は、マリアのことを知らないふりをする。

 婚約者だということを忘れてしまったかのように。
 ルクレツィアがいるから、マリアはもういらないとでも言うように。

(どうしてなの)

 じわっと涙が浮かんでくる。
 必死に泣くのをこらえていたら、ルクレツィアは嘲るように笑ってレイノルドの腕を引っぱった。

「変なお方ですね。レイノルド様、まいりましょう」
「ああ」

 レイノルドはマリアを一瞥して、ルクレツィアをエスコートしながら歩き去った。
 マリアを一人、庭園に残して。

「……何が起きているの」

 わからない。
 レイノルドの意思も、婚約の誓いがどうなったのかも。

 ただ一つはっきりしているのは、今レイノルドのそばにいるのはマリアではなく、ぽっと出の公女様だということだけだった。