ジステッド公爵家の馬車を見送ったレイノルドは、はぁと息を吐いた。

(マリアにも苦労をかけているな)

 突然やってきたルクレツィアへの対応で、結婚式の打ち合わせはほとんど進んでいない。

 式は来年の春なので、そろそろ招待状を送らなければ国外からの賓客を受け入れるのは困難だ。
 どうやってスケジュールを挽回していくかは側近と相談しなければならない。

 眉間にしわを寄せるレイノルドに、ルクレツィアはのん気に問いかける。

「レイノルド様、今日はお暇ですか?」
「これから仕事だ。結婚式の準備をしなければならない。すまないが、俺はしばらく相手をしてやれない」

 ルクレツィアは公女なだけあって自分の意見を押し通しがちだ。
 はっきり言った方が伝わるだろうと思ったが、彼女は素直に聞いてはくれなかった。

 唇をきつく閉じたと思うと、急にうつむいた。
 美しい顔に垂れた白髪のせいで、まるで幽霊のように見える。

「……マリアヴェーラさんとの結婚は楽しみですか?」
「? 当たり前だろ」

 先ほどのマリアを思い出すと、レイノルドの頬は勝手にゆるむ。

 タイトなドレスには、自分のラベルピンとおそろいのスズランが輝いていた。

 会えなくても、レイノルドとマリアはいつも共にある。
 それだけでどんな困難も乗り越えられる気がする。

「俺たちは政略上の関係じゃない。心から愛し合っている。その相手と一生を添い遂げる誓いをかわす結婚式だ。楽しみに決まってる」

「そうですか」

 ルクレツィアは腕を下ろし、すっと顔を上げた。
 その表情は今までの彼女からは考えられないほど冷酷で、レイノルドの背筋がぶるっと震える。