「花といえば、マリアヴェーラさんは〝高嶺の花〟と呼ばれているそうですね。私の侍女が宮殿でお世話になっている間に、何度も貴方の噂を聞いたそうです」

 ルクレツィアは自分の世話をする侍女を何名も連れてきた。
 女性は基本的に噂好きなので、宮殿内の情報を集めるのに長けている。

 これも良い人選だと思いつつ、マリアは悠然と微笑んだ。

「いつからかそう呼ばれていましたの。他には『悪女』『泥棒猫』『毒花』と呼ばれたこともありました。どれも、わたくしには贅沢なあだ名ですわ」

 マリアは、カップから手を離してスコーンを皿に取った。
 半分に割ると、ぎっしり花びらが練り込まれていた。

 たっぷりのクリームと毒々しいくらい真っ赤なジャムを指についてしまうくらい塗ってから、ふと気づいたように問いかける。

「これは何のジャムですか?」
「ルビエ公国で採れる雪苺という果物のジャムなんです。見た目は木苺に似ていて、酸っぱくて保存持ちがいいので、旅先で重宝しますの」

 はじめて聞く品種だ。ジャムを塗る純銀のスプーンは変色していないが、ヒ素系ではない毒物の可能性もある。
 おいそれと口にして当たったらたまらないので、ここは避けて通るのが一番。

 無念そうに眉を下げて、マリアはスプーンから指を離した。

「困りましたわ。わたくし、酸っぱいのは苦手で……」
「では、それは私が食べます。他のケーキをどうぞ」
「お心遣いに感謝しますわ。ルクレツィア様」

 取り皿をルクレツィアの方に移動してもらい、ジャムで汚れた指は自分のハンカチにぬぐった。

(あとで毒物か調べてもらいましょう)

 心の中で考えていると、そばに控えていたオースティンが口を開いた。

「調べても何も出ませんよ。貴方を殺すつもりなら、魔法で誰にもわからないように始末しています」
「やめなさい、オースティン!」

 ルクレツィアに注意されても、オースティンは口を閉じない。
 黒い瞳には光がなく、夜の湖のような暗がりが広がっている。

「タスティリヤ王国では魔法が禁止されているそうですね。ここに来るまでに複数の国を渡ってきましたが、どこも魔法の力で素晴らしい発展をとげていました。それに比べ、ここは牧歌的な昔ながらの王国です。事件が魔法で起こされていたとしても気づきようがない。違いますか?」

「それは……その通りなのでしょうね」

 マリアは他の国に行ったことがないが、複数の国に留学していた兄は、タスティリヤ王国の発展の遅れを嘆いていた。

 魔法を利用して産業を活性化し、生活の利便性をあげて国民を増やし、国防力を高めるのが、近年のアカデメイア大陸の定石になりつつある。

 魔法が禁止された一部の国は、どうしてもそれらの国に比べて劣る。

(考えたくもないことだけど、いつか戦争が起きた時、タスティリヤ王国は魔法を利用する国に勝てないかもしれないわ)

 マリアの不安を感じ取ったように、オースティンは淡々と語りかける。

「一般人に魔法を使われては困るのであれば、魔法使いを使うという手もあります。ルビエ公国はそうして発展してきたのですから」
「オースティンっ!」