翌日、マリアはダブルボタンのジャケットにサーキュラースカートを合わせた二部式ドレスを身にまとって、ルクレツィアが滞在する別邸に入った。

 オースティンの出迎えで通された部屋には、すでにお茶の準備がなされていた。

 丸いテーブルの上には湯気の立つスコーンやケーキがあり、ワゴンのティーポットにはコゼーをかぶせてあって、まるでマリアが来る時間をわかっていたよう。

(屋敷を出るところを監視されていた? まさかそんなはずはないわよね……)

 ルクレツィアは、すでにおなじみとなった満面の笑みでマリアの到着を喜んだ。

「よく来てくれました。一人でお茶をするのは味気なかったので嬉しいです。どうぞ、おかけになってください」
「ありがとうございます。宮殿では、王妃殿下やレイノルド様とお茶をご一緒なさらなかったのですか?」

「ご一緒できたのは一度だけでした。お世話になっているお礼に、こちらで軽食を用意すると言ったら断られてしまって残念です。レイノルド様はご多忙らしくて、お茶の時間になると席を外されます」

 白く塗られた椅子に腰かけると、オースティンが熱々の紅茶をサーブした。
 濃い目の水面に、乾燥した花びらを浮かべたローズティーだ。
 湯気と一緒に、薔薇の香りがふわっと立ち上ってくる。

「いい香りですわね」

 ルクレツィアはカップに砂糖を三杯も入れて「おいしいんですよ」と微笑んだ。

「ルビエ公国の冬は長いので、ほんのわずかな温かい時期に咲く花は貴重なんです。一年中、花を楽しむために乾燥させて料理に使うんですよ。今日お出しするスコーンやケーキにも練り込んであります」

 濃いピンク色の花びらが混ざったスコーンを見て、マリアはなぜレイノルドがお茶の誘いを断ったのか察した。

(これなら、毒も入れ放題だものね)

 毒花を混入させてレイノルドに食べさせれば、タスティリヤ王国の後継者を潰せる。
 ルクレツィアがルビエ公国に送り込まれた暗殺者である可能性が捨てきれないうちは、レイノルドは彼女の前で飲食しないだろう。

 タスティリヤ王国とルビエ公国は友好的な関係にある。
 しかし、今年のルビエ公国は酷い冷夏のために収穫量が少なかったらしい。冬を越せないのではという噂がタスティリヤまで流れてきている。

 一国の王族が暗殺されたら、その影響は周辺国にもおよぶ。
 混乱の隙をついて、ルビエが隣国の領土の一部と食糧を強奪する計画を立ててもなんらおかしくはないのだ。

(儚げな公女様が暗殺者だとは誰も思わない。いい人選だわ)

 マリアは、勝手にルクレツィアを暗殺者扱いして、花びらの浮かんだ紅茶をまぜた。
 善い香りだが、口を付けるのは抵抗がある。

 ――さて、どう切り抜けよう。