冷ややかに咎めてきたのはルクレツィアだ。
 我に返ったマリアは、陸に上がった魚のようにもがいて、ようやくレイノルドの腕から抜け出した。

「見苦しいところをお見せしました! 別邸は気に入っていただけたでしょうか?」

 気を取り直して問いかけるマリアに、ルクレツィアは少しの間をおいて、にっこりと笑いかける。

「とても気に入りましたわ。内装は全てマリアヴェーラさんのご趣味ですか? 完成までずいぶんと早かったですね」
「そうだ。この短期間にどうやってこれだけの部屋を作り上げたんだ?」
「簡単なことですわ」

 不思議がる二人に、マリアはまるでランチメニューを述べるように軽く答えた。

「ジステッド公爵家の客間をそのまま移築しました。床板も壁のクロスも、家具も調度品も全てです」

 軽々しく言われたせいで、にわかには信じられなかった。
 レイノルドは聞き間違いかと思って問いかける。

「公爵家の客間をそのまま……ということは、今あんたの家の部屋は空ってことか?」
「ええ。床板をはいでしまったので封鎖してありますわ。この国で用意できる最上級の材料で作られていましたから、ルクレツィア様にも必ずや気に入っていただけるでしょう」

 マリアの説明を黙って聞いていたルクレツィアは、部屋を見もせずにお決まりの微笑を浮かべる。 

「私のためにありがとうございます。ところで、マリアヴェーラさんはケーキがお好きですか。お礼にお茶でもいかがでしょう。明日にでも準備はできる、オースティン?」

 ルクレツィアは後方を振り返った。
 レイノルドも後ろを見れば、オースティンが背後に立っていた。

(こいつ、いつの間に……)

「ルクレツィアお嬢様のご命令であれば。明日までに支度をいたします」
「そうして。明日ここでよろしいかしら?」

「もちろんです。ご招待いただき光栄ですわ」

 たおやかに返事をするマリアの瞳に疲れがのぞいた気がして、レイノルドは止めにかかる。

「待て。少し間を空けても――」
「レイノルド様」

 言葉をさえぎったマリアは、子どもに言い聞かせるように口元に指を当てた。

(邪魔しないでほしいのか?)
 
「それでは、明日の午後。お待ちしておりますわ」
「楽しみですわ」

 微笑み合うマリアとルクレツィア。
 二人の間に流れる、とげとげしくも優雅な雰囲気は、レイノルドには手に負えないものだった。