別邸は宮殿を出て遊歩道を二十分ほどあるいた先にある。

 急こう配の屋根を持つ二階建ての屋敷で、ベランダには蔦がからまり、側妃が愛したという噴水は枯れ葉で埋まっていた。
 割れたガラスのはめ込まれた玄関を開くと、ぷんとカビの匂いがした。

 マリアは、ハンカチで鼻と口を押えながら足を踏み入れる。

「これは……」

 内部は声を失うほどひどい有様だった。

 窓枠が歪んで雨水が入り込んだ室内は、床板が腐ってところどころ抜けている。
 チェストも同様で、取っ手の金具に手をかけるとそのまま引っこ抜けた。

 この調子では、別の部屋にあるベッドや椅子も使えないはずだ。

(ここまで大変だとは思わなかったわ)

 マリアが招集したジステッド公爵家にゆかりのある内装職人や指物師も、同じようにショックを受けている。

「これはひでえ……」
「お嬢様、人が使えるようにするには、床板ごと中身をとっかえなきゃいけませんよ」
「貴族に満足してもらえるような高級な材料を集めるには一年はかかります」

 職人たちはみんな及び腰だ。
 冷静なのは、外れた取っ手をぶらぶらしながら天井を見上げるマリアだけである。

(蜘蛛の巣は張っているけれど天井は無事ね。シャンデリアと壁も掃除すれば問題ないわ。問題は床)

 一歩踏み出すと床板はシーソーのようにたわむ。
 これでは、新しい家具を入れても重量に耐えられない。

「……材料が全てそろっているとして、床と家具を全て取り変えるにはどれくらいかかりますか?」

 マリアの問いかけに、職人たちは顔を見合わせた。

「床を剥がしてはるのに三日、家具はあるなら一日で運び込めます」
「ですが、材料が調達できないんですから、そんな日程で完成させるのは無理ですよ!」

 戸惑う彼らに、マリアは不敵に笑いかけた。

「新しく調達しようと思うから難しいのですわ。貴族のお屋敷の内装を、そっくりそのまま移築してはどうでしょう。我がジステッド公爵家の客室の床と壁紙、ベッドやチェスト、洗面台や浴槽をそっくりそのままここへ」

「そっくりそのまま!?」

 一同は仰天した後で、それなら何とかなると頷きあった。
 反対意見が出ないのを確かめてから、マリアはパンと手を打った。

「四日後の完成を目指して頑張りましょう。それでは、行動開始!」