柔らかなペールピンクはマリアが大好きな色。
 同時に、似合わない色でもある。

 ルクレツィアはそこを突いた。
 マリアのコンプレックスを見抜き、あえて持ち上げるふりをして罵る高度な戦術で、自分の方が上だと印象付けようとしている。

 女性同士の関係性は初手が肝心なのだ。
 空気を読みすぎて下手に出れば、どれだけ目覚ましく活躍しても見下され続ける。

(明らかに似合っていない物を褒めちぎる女性は危険なのよ)

 謁見のときの違和感は間違っていなかったようだ。

 ――この公女、ただの世間知らずではない。

「こういうお色は、わたくしよりルクレツィア様の方がお得意なのでは? 今日のドレスも藤色で素敵ですわ」

 マリアは、刺された分は刺し返すつもりでルクレツィアを褒めた。
 ルクレツィアの方も、攻撃だと理解した上で受け止める。

「ありがとうございます。お洋服の趣味があうようですし、滞在中は仲良くしてくださいね。私はこれからレイノルド様に宮殿の案内をしていただきますの」

 ルクレツィアは、あろうことかレイノルドの腕に腕を回して体を寄せ、うっとりした瞳で見上げた。

 雪のように白い肌に、ぽうっと染まった桃色の頬。
 女の子らしいルクレツィアを間近で見たら、マリアの胸がしくしく痛んだ。

(この女の子らしさは、わたくしにはないものだわ)

 ルクレツィアは、マリアが憧れる『かわいい女の子』の姿を持っている。
 長身で目鼻立ちがはっきりした美貌を持つマリアには、どんなにお金を出しても手に入れられない生まれつきのものだ。

 うらやんでも意味がない。
 わかっていても、嫉妬する自分を止められない。

 悲しそうなマリアを見て、レイノルドはルクレツィアの手をそっと外した。

「悪いが、抱きつくのは止めてくれないか。俺はマリアヴェーラと婚約している」
「婚約? お二人は恋人ではないのですか?」

 あ然とするルクレツィアに、ちょっとだけマリアの胸がすいた。
 レイノルドはほんの少し照れた表情でマリアの背に手を当てる。

「マリアはもうすぐ俺の花嫁になる。結婚式は来年で、いずれルビエ公国にも招待状を出す予定だった。な?」

 このとろけそうな瞳の前では、嫉妬心なんて秒で蒸発してしまう。
 マリアも甘い微笑みをレイノルドに向けた。

「ええ。ウェディングドレスも完成間近ですのよ」
「俺は式当日まで見られないが、花嫁衣裳を着たマリアは、きっとこの世のものとは思えないくらい美しいだろう。楽しみにしてる」

 見つめ合うマリアとレイノルド。
 二人を交互に見ていたルクレツィアは、残念そうに肩を落とした。

「そうでしたのね……。他国の王族とお友達になるのが夢だったのに、まさか婚約者がいるなんて。友好を深められなくて残念です」

 被害者ぶった言い分に、マリアはちょっと待ったと言いたくなった。

(この公女様、無意識に喧嘩を売って歩くタイプね)