「本当にすまない」

 レイノルドがそう言ってきたのは、ルビエ公国の公女ルクレツィアが宮殿にやってきた翌日だった。

 昨日の宮殿は賓客の登場に大わらわだったので、マリアはそそくさと帰宅した。

 突然やって来られる客人ほど迷惑なものはない。

 貴人の滞在には屋敷を用意するのが常識だが、公女様の住まいが決まるまでは客室に寝泊まりしてもらうしかない。

 王妃の侍女になりたいと言っていたが、恐らく実際に仕えさせはしないだろう。
 確実に国際問題になる。やらせても見学くらいだろうか。

 彼女への対処で、レイノルドたちはしばらく忙しいはずだ。

(次にレイノルド様に会えるのはいつになるかしら……)

 憂うつに思っていたら、宮殿からマリアに手紙が届いた。
「来てくれ」とメッセージは一言だけ。筆跡もいつもより雑だ。

 身だしなみを整えて宮殿に上がったマリアは、出迎えたレイノルドに開口一番に謝られてしまった。
 申し訳なさそうな彼に、マリアはきょとんと小首を傾げた。

「すまない、とは?」
「ルビエ公女の件だ。実は――」
「こんにちは」

 レイノルドの背後から涼やかな声がした。
 視線を向けると、透明感のあるチュール仕立てのドレスを着たルクレツィアが立っていた。

「はじめまして、マリアヴェーラさん。私はルクレツィア。名前はもうご存じですよね。謁見の間にいらっしゃいましたもの」

「は、じめまして。ルクレツィア公女殿下」

 にっこり挨拶するルクレツィアの可憐さに、マリアの心はこじ開けられそうになった。
 素敵な人だ。と、同時に背筋が冷えるのははぜだろう。

 ルクレツィアの清廉な雰囲気は、室内に入り込んでくる冬の空気みたいにするっと心を侵食する。

 うっかり絆されそうになったマリアだが――

「ペールピンクのドレスがよくお似合いですね。まるで新種の薔薇のよう……」
「!」

 言われた瞬間、心臓の辺りがカッと熱くなった。

 ルクレツィアは褒めたのではない。
 お前には似合わないということを、湖の周りを五周するくらい遠回しに表現したのが、珍しい見た目になることが多い『新種の薔薇』だ。

(似合わないのは、わたくしだってわかっているわ!)