マリアが籠の中から最後に取りだしたのは、聖女の預言を記した書物だった。
 テーブルにのせて開き、上等な紙をめくっていく。
 ちょうど中央辺りのページから白紙になっていた。

 聖女ネリネが王都から追放されて以降、新たな預言は記されていないので、マリアへの当てつけが最後だ。

『ジステッド公爵令嬢マリアヴェーラが第二王子レイノルドと結婚すれば、このタスティリヤ王国は天災と飢饉、他国からの侵略にさらされて滅亡するだろう。なぜなら、その女は、この国はじまって以来の悪女なのだから!』

「好き勝手に言ってくれたものね」

 嘆息したマリアは、インク瓶とペンも籠から出した。
 黒いインクにペン先を付けて、破滅の預言の冒頭からツーと一本線を引いていく。線を上書きして、預言をなかったことにするのだ。

 金属が紙をこするカリカリという音が、静かな東屋に響いた。

 聖女ネリネへの恨み節の代わりに、すべて消してしまおうかとも思ったが……。
 マリアは、預言の途中でペンを離した。

「――それは消さなくていいのか?」 
「!」

 前を見ると、いつの間にか起き上がったレイノルドが、眠たそうな目をこすっていた。
 湖面の水のように穏やかな瞳は、残された『なぜなら、その女は、この国はじまって以来の悪女なのだから!』という文面を見つめている。

 マリアは、しゅんと肩を下げてペンを置く。

「ええ。これだけは、当たっているような気がしますの」
 
 辺境への追放を命じられたネリネは、起こした騒ぎの罰を十分に受けていた。
 パーティーが開かれる前からマリアはそうなると――そういう結末にしてみせると――分かっていたのに、あえて会場の罠をそのままにして、最後に痛い目に合わせた。

 その後、婚約披露パーティーを無事に終えて、国王や王妃に手際を褒められたマリアは、嬉しそうな笑顔の裏で達成感と恐ろしさに震えた。

(わたくしは、なんてことをしてしまったの!)