【受賞&書籍化】高嶺の花扱いされる悪役令嬢ですが、本音はめちゃくちゃ恋したい

 そうこうしているうちに暑さは和らいでいき、秋の気配が感じられるようになった頃。
 季節を先取りしたモスグリーンのドレスを着たマリアは、流行のハート形のチュロスを詰めたバスケット片手に、宮殿の庭を歩いていた。

 ドレスの肩やスカート裾には多めのフリルがあしらわれている。
 儀式であれば周囲の期待に応えて〝高嶺の花〟らしいデザインを選ぶが、今日はプライベートなので衣装部屋の奥にあるかわいいコーナーから選んだ。

 庭を見回すと、夏の花は盛りを過ぎていた。だが、秋にはまた薔薇が咲くだろう。
 さらに風が冷たくなると冬を迎える準備に追われるため、今の時期が一番のんびり過ごせるかもしれない。

 本格的な冬が来るまでに鎮魂祭や感謝祭といった行事があり、貴族が集まる夜会も多くなるので、貴族令嬢はドレスを新調したり招待状に返事を書いたりと大変なのだ。

 マリアは、遊歩道にそって曲がり、足下のタイルに気を付けながら進んだ。

「秋は目の前とはいえ昼間は暑いから、あそこにおられると思うのだけど……」

 当たりをつけて歩いていくと、グリーンカーテンに囲まれた東屋から、長い足がはみ出ている。
 ひょいと顔を出して覗き込むと、レイノルドがベンチに横たわって昼寝をしていた。

 薄手の黒いコートを脱いで背もたれにかけ、シャツのボタンを外して衿元を大きくくつろげている。
 ゆるめたネクタイにはスズランのピンを刺していた。
 マリアもまた、ドレスの胸元にそろいのブローチを付けている。

 ――スズランの花言葉は『再び幸せが訪れる』――

 ミゼルが教えてくれた意味を思い出して、マリアは愛おしさに包まれた。
 忙しくて会えなくても、レイノルドはマリアを忘れないでいてくれたのだ。

 向かいの席に静かに座ったマリアは、レイノルドが起きたらお茶ができるように、チェック色のスカーフを広げて持ってきたお菓子や水筒、カップを並べる。
 お菓子の多くは公爵家で焼かせたものだ。メレンゲクッキーやイチジクをのせたミニケーキもある。

「さて、と……」