逆さになったネリネの上半身は、重力にそってまくれ上がったスカートに覆われ、下着のドロワーズが丸見えになった。
 通路からこちらを覗き込んだ貴族は、思わぬ痴態にぽかんとしている。

「見ないでよ!」

 腕を突っ張ってスカートを押さえる。クリアになった視界に、悠々と歩み寄ってくるマリアが映った。

「ちょっと、これって!」
「そう。あなたが、わたくしのために設置してくださった罠ですわ。原始的な仕掛けなので本当に動くのかどうか疑っていたけれど、綺麗に吊れるものなのね」

 ネリネは、婚約披露パーティーでマリアに恥をかかせるため、レイノルドの側近に命じて会場に罠を仕掛けていた。
 会場の指示書を読んで、遊歩道の途中に得体の知れないタイルが置かれているのに気づいたマリアは、あえて指摘せずにそのまま設置させたのだ。

 もちろん、自分は罠にかからない絶対的な自信があった。
 たとえ追い詰められたとしても、完璧であろうとするマリアヴェーラ・ジステッド公爵令嬢は、会場から走り去ったりしない。
 凜とした顔つきで負けを認めて、堂々と退場する。それも庭の奥まった方にはけるのではなくて、登場時と同じように正門をくぐってだ。

 つまりネリネは、マリアの性格を読み違えたのである。

「追い詰められたあなたが、ここに走って行くかは賭けでしたが……わたくしの勝ちのようね。おかげで、年頃の娘が逆さ吊りにされているところを初めて見られましたわ。想像よりもずっと滑稽ですこと」

 口元に手を当てて楽しそうに嗤うマリアは、まさしく悪役だった。
 偽聖女と烙印を押されたネリネと並んだら、百人中百人がマリアの方を真の黒幕に違いないと指さすだろう。
 それは、その場においては最大の褒め言葉だ。