辺境伯がうっかり『魔晶石で辺境は守られている』という国家機密を明かしそうになったので、マリアは言葉をさえぎった。
 息子が盗みの犯人でショックを受ける辺境伯の肩に手を当てて、立ち上がるようにうながす。

「わたくしも最近、歴史学の教授から聞いて知ったのですが、辺境にはよく魔晶石が持ち込まれるそうですわね。それらを取り上げて管理するお役目を、辺境伯はひっそりと勤めておられました。そうですわね?」
「あ、ああ。そうです」

 視線で圧をかけると、辺境伯は口裏を合わせた。
 マリアは、会話を己のペースに誘導していく。

「聖女が『辺境伯が反乱を企んでいる』と預言し、実際に騎士が送られたせいでレンドルム領は大混乱しました。辺境伯の五男で、魔晶石の保管場所を知っていたクレロ・レンドルムは、その間に魔晶石を盗み出したのです。砕いて絵の具に混ぜ、輝く肖像画を描いて名をあげるために」

 レイノルドは、壊れてめちゃくちゃになった軽食ブースに歩いていき、クリームまみれになったクレロの衿をつかんで持ち上げた。

「あんた、自分の家が守ってきた領地を何だと思ってる。まかり間違えば戦になって、大勢の人間が死んでいたかもしれないんだぞ!」
「い、戦になったとしても関係ない。私が王都で画家を続けられるなら! 汗にまみれて剣の稽古をするしか能の無い、父や兄のような野蛮な連中なんて、いくらでも代わりはいるだろう!!」
「このやろう」

 拳を振り上げたレイノルドの手を、マリアはパシリと捕まえた。
 いつの間にか近くに居たマリアに、レイノルドは目を見開く。

「止めるな、今回ばかりは」
「いいえ、いけませんわ。女を殴っていいのは、同じ女だけですもの――」