「――――はっ」

 恐ろしい夢から覚めたマリアは、息を吹き返した病人のように荒い息を繰り返した。体はこわばり、額には汗が浮かんでいる。
 視界が狭いのは、寝入りばなまで泣いた眼が腫れているからだろう。今日は一日、鏡を見たくない気分だ。

「もう第一王子の婚約者ではないのだから、一日ベッドの上にいても誰も咎めてこないわ……」

 無意味に寝返りを打つと、じわりと涙がにじんできた。

 二度寝なんかできない。はしたない真似はやめて、起きて身支度をしなければいけないと、第一王子の婚約者として過ごしてきた長年の習慣が責め立ててくる。

 起き上がって顔を水で洗い、ゆったりと体が泳ぐネグリジェから、コルセットでウエストを締め上げなければ入らないドレスに着替えなければならない。
 髪は熱したコテで巻き、肌には真珠の粉をはたき、唇を赤く染めて、扇を手にして『高嶺の花』の仮面を貼りつける。