「――〝稀代の悪女〟〝火事場の泥棒猫〟〝枯れぎわを知らない毒花〟。これが誰を指し示しているのか分かるか、マリアヴェーラ?」
「申し訳ありません、お父様。わたくし、さっぱり見当がつきませんわ」

 革張りの椅子にふんぞり返った父親に向かって、マリアは艶然と微笑みかけた。

 ジステッド公爵家の書斎は、北向きに窓があるので昼間でもうす暗い。
 しかし、華やかな容貌を持つマリアだけは、内側に火でも灯っているかのように目立っていた。

 天使の輪がすべり落ちる亜麻色の髪、アーモンド型の瞳は孔雀の羽根のような睫毛にいろどられている。
 ツンと高い鼻や輪郭のはっきりした唇は、薄化粧でも主張が強い。

 派手な顔立ちとスラリと高い身長を持ち、気品に満ちたマリアの容貌を、人は〝高嶺の花〟と呼んで持てはやした。

 普段と変わりなく持ち前の武器を輝かせる娘に、堅物の父は激昂する。