「仁さん」

俺が呼ぶと、運転席に乗り込もうとしてた仁さんが振り向く。

「綾香、家に忘れ物したらしくって、俺、綾香と電車で現地向かいます」

仁さんが「まじで?」と少しだけ驚く。

「綾香ん家なら寄ってくけど」

余裕のある表情で綾香に視線を投げた。
綾香が思いっきりブンブンと首を横に振る。

「いや、いや、悪いんで!なんなら悠人にも申し訳ないから一人で行くよ!」
「いいよ、俺は全然、心配だし」

一人になろうとする綾香の目を固定するように見る。

「迷子になられたら厄介だし」

ああ、いい言い訳がよく思いついた、と自分で思う。
ふと仁さんと目が合う。
軽く俺に向かって頷いてきた。
俺も頷き返す。

「じゃー、間違っても別のホテルに泊まんなよ」

仁さんが言うとゴンさんも笑って「泊まんなよ」と繰り返す。

「あ、間違った、泊まってもいいぞ」

仁さんがふざけたように大きめの小声で言う。
ゴンさんがゲラゲラ笑う。
麻梨姉が「もおー」と呆れるように笑って、なんとか場が終わった。

「まあ、もしたどり着かなかったら、どっか二人で泊まってるんで安心してください!」

綾香も軽く笑顔で便乗すると、「おーじゃあ向こうで!」と言って三人を乗せた車は俺たちの前から去って行った。