チョンチョン。

「なんなんですか、もー」

俺はやっと黒板から視線を外して隣の仁さんを見る。

ニヤッと笑う。

「かわいいな、お前」
「あー、全然ノート書いてない」
「綾香のことはお前が幸せにしてあげてよ」
「うるせえっすよ」
「ねーねー」
「うるせえ」

隣でケラケラ笑う。
真っ白に思われたノートの一番上に、10.5と今日の日付だけご丁寧に書かれてあるのを発見する。
日付だけはちゃんと書こうと思ったんだろう。
可愛い。

「綾香が俺のこと好きになる前にお前ちゃんと奪ってってよ」

仁さんはそう言う。

「俺は綾香に振られるから。綾香のことは傷つけたくないし」

自分に言い聞かせるように「うん、そうそう」と重ねて言う。

「綾香が大切な妹なら、悠人は大切な弟だよ。そこで付き合ってくれたら俺は嬉しい」

一人で話し続ける仁さんのせいで、さっきから教授の説明が微塵も頭に入ってこない。
頑張って俺たちのために90分も立って話してるのに。

「だからやっぱり、綾香のことは大切だけど好きじゃないんだろうな」

仁さんの口から発された言葉は、悲しみをまとって、なぜか湿っぽくて、俺の鼓膜に引っ付いて離れなかった。