「仁さん、あの」

私が声掛けると、「ん?」と視線を投げてきた。

「まったく記憶がないんですけど」

恐る恐る仁さんの目を見る。

「ああ、やってないよ」

軽くそう答えてフッと笑う。

「いや、じゃなくてなんでここに仁さんいるんですか」

飄々とした涼しい顔が昨日の記憶を辿ってる。
「んーとね」と斜め上の方を見ながら口を開いた。

「二人でここでぶっつぶれた、って感じ」

そう言いながら仁さんはフラフラと部屋の方に戻っていく。

「は?」

追いかける私。
仁さんは財布とタバコしか入れてないような無駄に大きなトートバッグを肩に掛けると、スマホを手に取った。

「やべえ、麻莉乃から電話来てた」

少しバツが悪そうな顔をする。

「ヤバくないですか」
「絶対にこのこと言うなよ」

そう言って仁さんは人差し指を口元に立てた。

「言うわけないですよ」

私も焦って返事する。

仁さんはそのまま麻莉乃さんに電話をかける。

「もしもし、麻莉乃?うん、悠人ん家いたわ」

そう嘘をつきながら、玄関の方に向かう。
軽く私に目で合図する。

悠人ん家に居たっていうていで。

うーわ。

その慣れたような嘘のつきぶりに、さすがだな、とすら思う。

麻莉乃さんもよく付き合ってるよ。

仁さんはキャンバスのスニーカーを履くのもそこそこに、「じゃ」と軽く手で合図して私の部屋を出て行った。

そう、仁さんには麻莉乃さんという彼女がいる。