滞在記録に書かれた『ルルーティカ・イル・フィロソフィー』のサインを再度見て仰天するおばさんに、ルルは悠然と微笑んで見せた。

「ここに泊まっていることは、ご内密にお願いいたしますわ」

 尖塔をいだく教会は立派だが寂れていた。観光客もまばらで空気が淀んでいる。
 ルルが聖堂に入っていくと、早々に若い司教に止められた。

「あんた、勝手に入ってきたらダメだよ。許可とってもらわないと」
「カントを立つ前にお手紙を出しましたが、届きませんでしたか?」
「手紙?」

 ルルは、レースの扇を握った手に手を重ねて、背筋をピンと伸ばす。だらしない私生活を匂わせては、はったりがきかなくなってします。

「ユーディト地区の教会を慈善訪問いたしますと記した手紙です」