夢食いパグと月の光

 アカネちゃんが心配そうな顔を向けてくるけど、わたしはそれどころじゃなかった。

「ヒカリちゃん、大丈夫……?」

 五時間目が終わって、あとは帰りの会を待つ時間。
 わたしは机に突っ伏していた。
 隣の席のアカネちゃんが心配そうに聞いてくる。

「だいじょうぶ……」

 パグの特訓は厳しかった。先輩よりも顧問の先生よりも厳しいなんて……。

 そうはいっても夢の中だから、実際に疲れるわけじゃない。
 だけど、

「おらー! ちゃんと羽根見ろー!」

とか、

「足止まってんぞ足ィ! やる気あんのかぁ!?」

とかどなるパグに、わたしは気分的に疲れていた。

 あの人ぜったい元ヤンだ……。

「なら部活行こっ」

 笑顔でアカネちゃんは言った。
 ううぅ、いやされる……。
 この笑顔が好きなんだよなぁ。



「うっらぁ!」

 わたしのすぐ横を、シャトルがすごい勢いで通り過ぎていった。

「よっしゃぁ!」

 アカネちゃんはガッツポーズを決める。この笑顔は怖いんだよなぁ……。

 放課後の体育館。
 今日はバドミントン部が体育館を使う日だ。

 試合形式の練習をする時間になって、わたしはアカネちゃんとやっていた。

 アカネちゃんの打つシャトルは、あいかわらず強い。
 わたしは、また今日も負けてしまった。

「やっぱりアカネちゃんはすごいなぁ」

 体育館のはしっこで、わたしたちはスポーツドリンクを飲んでいた。
 コートでは先輩たちの試合が始まっている。

「そう? ありがと。でもさ、今日のヒカリちゃんの動きよかったよ! この前とは別人みたい!」

 アカネちゃんはテンション高くわたしの手を掴んでくる。
 その勢いに押されそうになったけど、わたしの頭にはパグの顔が浮かんでいた。

 ……特訓の成果かな?



   ☆☆☆



「へぇ、やったじゃん」

 黒いシャトルが散らばる空間。
 わたしとパグは並んで座って、今日のできごとを話していた。

 びっしりと散らばるシャトルは、正直気持ち悪い。
 だけどこの前みたいに追いかけられるわけじゃないから、わたしは落ちついて話ができていた。

 パグとの特訓で使ったシャトルは、少しずつ消えていっていた。
 わたしが決めるたびに消えていくんだ。
 がんばらなきゃ。

「パグのおかげだよ。ありがとね」

 そう言って笑うと、パグも笑い返してくれた。

「じゃあ今日も特訓といくか! まだこんなにシャトルは残ってるんだしな」

 きょ、今日もスパルタかぁ……。



 パグの特訓の甲斐あって、黒いシャトルはずいぶん減っていた。
 その代わり、わたしの体力はどんどん削られていってるんだけど。

「最後のシャトルだな」

 そう言ってパグは最後の黒いシャトルを打った。
 ラリーが続く。

「くっ……」

 パグが体制を崩して、シャトルがわたしの方に戻ってきた。
 そのシャトルは高く上がっていて――。

「そっ……れ!」

 わたしは思いっきりその羽根を打った。
 勢いよく、パグの方へ飛んでいく。

 シャトルはパグの横をビュンと通り過ぎて、地面に落ちた。
 落ちたシャトルは白い羽根に変わっていく。

 パグがその白いシャトルを拾う。
 手のひらに乗せるとそれを口元に持っていった。

 ぱくりとパグはシャトルを食べる。
 しばらくモグモグとして、ゴクリと飲み込んだ。

「おいしい……?」

 この前も思ったけど、見た目は食べ物じゃないからなんだか違和感がする。

「……甘い。生クリームみたいだった」

 パグは夢食いなだけあって、やっぱりちゃんと味がするみたいだ。

「甘いもの苦手なの?」

「いや? 昔から好きだったよ」

 昔……。
 パグって今までどんな風にして過ごしてきたんだろう。

 わたしのことばかり話して、パグのことはほとんど知らない。
 わたしの夢だから、しかたがないけど。

「ほら、もうすぐ夢が覚めるぞ」

 あたりに白い光が満ち始めていた。

「……また会える!?」

 もうちょっと話していたかった。
 必死に叫んだわたしにちょっと驚いた顔をしたあと、パグはふっと笑った。

「あぁ、ヒカリが悪夢を見続ける限りはな」

 わたしはほっとした。
 悪夢を見るのはいやだけど、またパグには会いたい。

「試合がんばれよ」

 ガッツポーズを決めるパグは、白い光に包まれてやがて見えなくなっていった。



   ☆☆☆



 試合終了のホイッスルが鳴った。わたしは「ありがとうございました」と言って、相手の選手と握手をする。

「ヒカリちゃん、おっつかれー」

「アカネちゃん。二回戦出場おめでとう」

「ありがと! ……ヒカリちゃんは残念だったね」

 わたしはにっこりと笑った。

 せっかくの特訓もむなしく、わたしは一回戦で負けてしまった。
 結構いいとこまでいったんどけどなぁ。
 今度パグに会ったら、謝らないと……。

「でもさ、ヒカリちゃんあんまり緊張しなくなったよね」

「え?」

「前はさ、練習でもコートに立つときは震えてたけど、最近はそんなこともなくなってたじゃん。今日にいたっては相手と互角に渡り合ってたし!」

 特訓のおかげかな?
 成長できてたことに気づいて、わたしはなんだか嬉しくなる。

 今度パグに会ったら「ごめんなさい」よりも、「ありがとう」と言おうとわたしは心に決めた。