帰りの会が終わって、教室はざわざわとしていた。
今日は、バドミントン部もお休みだ。
「ヒーカリちゃん! 一緒帰ろー?」
アカネちゃんがひょこっと顔をのぞかせた。
落ち葉がしきつめられた帰り道を、わたしたちはざくざく歩く。
アカネちゃんは、パグのことも班長さんのことも忘れてしまっていた。
パグが消えてしまった次の日、ヒロキさんの夢を見たと嬉しそうに報告してくれた。
あれは本当に夢だったのかもしれない。
わたし以外は、覚えていないんだ。
わたしが、頭の中で作り出したもの。
だんだんそう思えてきた。
でももし本当だったら、パグは天国に行けたのかな?
できれば行ってほしい、とわたしは思うようになっていた。
「源さーん!」
アカネちゃんを呼ぶ声がする。
わたしたちは、振り返った。
「後藤くん、どうしたの?」
「今日、兄ちゃんに源さんを連れてきてほしいって言われてたんだ。すっかり忘れてたよ」
「えっ、ヒロキさんに!?」
アカネちゃんは嬉しそうに声を上げる。
アカネちゃんは、後藤くんを通して、お兄さんと時々会うようになっていたのだ。
後藤くんはわたしに視線を向ける。
「月島さんも一緒に」
わたしも?
☆☆☆
後藤くんに連れられてやってきたのは、藤代総合病院だった。
「ねぇ、後藤くん。本当にヒロキさんが、ここに来るように言ったの?」
「うん。俺にも理由は言ってくれなかったんだけど、なんか兄ちゃんもよくわかってない感じだった」
どういうことだろう?
お兄さんとは夢の中でしか会ってないから、わたしのことは覚えてないはずだ。
わたしたちは言われたとおり、三階のナースセンターの前で待っていた。
「ユウキ! ごめんお待たせ」
お兄さんが現れた。
久しぶりに見るその顔は、もうあのときのような暗いものではなかった。
よかった……。
お兄さんは、もう悪夢を見てないんだ。
「こんにちは、ヒロキさん!」
「こんにちはアカネちゃん。急に呼び出して悪かったね」
「いいえ!」
アカネちゃんは嬉しそうだ。
本当に好きなんだなぁ。
なんだか、わたしまで嬉しくなってきちゃう。
ふいに、お兄さんと視線が合った。
「兄ちゃん、こっちが月島さん。月島ヒカリさん」
「はっ、はじめまして!」
わたしはあわてて頭を下げた。
本当は、はじめてじゃないけど、こっちの世界じゃはじめてだもんね。
「君がヒカリちゃんかぁ」
お兄さんはしげしげとわたしを見てくる。
……はじめて、だよね?
あっ、アカネちゃんから、なにか聞いてたのかな?
「なぁ兄ちゃん、そろそろなんで月島さんも呼んだか教えてくれよ」
しびれを切らして、後藤くんがたずねた。
「あぁ、悪い悪い。行きながら話すよ」
わたしたちは、お兄さんに連れられて、歩き出した。
「最初は俺も意味がわからなかったんだけどね。あいつがどうしても会いたいって言うんだ」
あいつ?
この病院に入院してる人なのかな?
「俺も信じられなかった。だけどあいつには借りがあるから。……こう言うとあいつは怒るから、内緒だよ?」
お兄さんの言ってることは、わたしにはよくわからない。
アカネちゃんも後藤くんも、一緒のようだ。
お兄さんはひとつの病室の前で足を止めた。
入口のプレートには、『神原琥珀』と書いてある。
なんて読むんだろう?
お兄さんは、その部屋のドアをノックした。
「琥珀、開けるよ?」
こはく?
どこかで聞いたことがあるような……。
お兄さんはドアを開けて、わたしに入るように、うながした。
入っていいのかな?
わたしは病室に静かに入って、そっとベッド際のカーテンを開けた。
そこにいたのは――。
「久しぶり、ヒカリ」
目に入った人物が、信じられなかった。
これは夢?
わたしは、ほっぺたをつねってみた。
ぷっと笑う声がする。
「夢じゃねぇよ」
これは現実だ。
そこには、パグがいた。
ベッドに身を起こして、笑いながらわたしを見ている。
「なん、で? なんでパグがここにいるの?」
わたしはパグが伸ばした手にふれた。
さわれる……。
本当に、夢じゃないんだ……。
「ヒロキがさ、言ってただろ。『友達が池に落ちて目覚めない』って。あれは、俺のことだったんだよな。ヒカリたちと別れたあと、目を覚ましたらここにいた。俺はずっと眠ってたんだって」
「生きてたの……?」
「そう。完全に死んだわけじゃないから当然だよな。目覚めようとしたから、きっと夢を見たんだ」
そうだったんだ……。
「獏だったときのことを、覚えていられてラッキーだったよ。ヒロキがすぐにあやまりに来てさ。あれは事故だったんだから、全然いいのに」
アカネちゃんの夢で、お兄さんはパグが池に落ちちゃったことをすごく後悔してた。
許してもらえて、本当に安心しただろうな。
「しっかしまぁ、俺が藤代公園の池のゆうれいってことになってるって聞いたときは、笑ったよ」
「え!? あれパグのことだったの!?」
「そうそう。死んでない上に自殺じゃないっつーの」
パグは、笑いながらそう言う。
だけど、わたしは肝試しのときのことを思い出していた。
あのとき見たのは、もしかして……。
「わたし、肝試しのときにパグを見たかも……」
「は?」
「池の上に人影を見た気がしたの。アカネちゃんは暗かったから見まちがいだろうって言ってたけど」
病室に沈黙が落ちる。
あれは、見まちがいじゃなかった……?
よくよく思い出してみれば、パグの背格好に似ていた気がする。
あの黒い服は、たぶんパグのものだ。
「……ヒカリが獏である俺と接するようになったから、現実世界でも見えたとか……?」
「そう思いたい……」
パグであってほしい……!
本物のゆうれいだったら、怖すぎる!
それにあれがパグだったら、運命を感じてしまえるから……。
でもこうして現実世界でもつながりを持てたことが、すごく嬉しい。
もう会えないと思って、胸がぽっかり空いたようだった。
パグと目が合った。
わたしはそれが嬉しくて、にっこり笑う。
そしたら、パグは微妙な表情をして、目をそらしてしまった。
「あー……、ヒカリ。あの約束のことなんだが」
約束?
消えてしまう前に言ってたやつのことかな?
「あれはもういいよ! こうしてまた会えただけで嬉しいんだから」
そう言うけれど、パグの表情は晴れない。
気にしなくていいのに……。
「実はさ、あれから夢に班長が出てくることがあって……。小児科は人手不足だから、ときどき手伝ってほしいって言うんだ。だから、またヒカリが悪夢を見たときは、助けに行ってもいいか……?」
思いもよらない言葉に、わたしはびっくりした。
また、来てくれるの……?
「もちろん!」
ことわるわけがない。
心を強く持とうって思ってきたけど、パグがいなくなって、やっぱりさみしかった。
また来てくれるなら、こんなに嬉しいことはない。
「でも……。心強く持てってパグに言われたのに、これじゃあダメだね」
わたしは苦笑いした。
嬉しいけど、ふくざつな乙女心だ。
でも意外にも、パグはその言葉ににっと笑った。
「いや、ヒカリが強くあろうとする心に、俺だって力をもらってたんだ。おまえがいたから悪夢に立ち向かっていけてたの、知らないだろ?」
そ、そうなの?
なんだかそれが照れくさくて、わたしは顔が熱くなってきてしまう。
こんなとき、やっぱりわたしはパグのことが好きなんだなぁって実感する。
「そういえば、パグは本名はこはくって言うの?」
「あぁ、神原琥珀。思えば『はく』の部分だけ覚えてたから、『パグ』って名前つけちゃったんだな」
そう言ってパグは笑う。
「こはく」
「あぁ、好きな方で呼んでいいぞ。っつってもこっちじゃまわりが変な目で見るかもしれないから、琥珀の方がいいかな」
「こはく」
「あぁ、なんだ? ヒカリ」
口にするたびに、その名前がきらきらしてるように感じた。
こはくが言ってた月の光って、こんな感じなのかな?
「こはく、好き」
気がついたらそんなことを口走っていた。
こはくが、ぽかんとしている。
そこで、はっと自分の言ったことに気がついた。
「あ……! 今のなし! 忘れて!」
わたしは慌てて手を離して、ぶんぶんと振る。
こんなこと言うつもりじゃなかったのに!
告白っていったら、放課後の教室とか、体育館の裏とかでやるものでしょ!?
こはくは、くすっと笑う。
やだもう帰りたい……。
わたしは一歩下がったけど、こはくにぱしっと腕を取られてしまった。
「返事、聞いてから行けよ」
返事なんて聞かなくてもわかってる。
こはくは高校生だ。
こんな子どもなんて、相手にしないでしょ……。
「俺も好きだ」
ほら。
…………って、え?
今、なんて言った?
ぽかんと口を開けるわたしに、こはくは、またにっと笑って言った。
「両想いだな」
本当に……?
夢じゃない……?
わたしはほっぺたをつねってみた。
……ちゃんと痛い。
「だから夢じゃないって」
こはくは、おかしそうにくすくす笑った。
夢じゃないんだ……!
「夢でも現実でも、これからもよろしくな、ヒカリ」
「うん……!」
わたしは、こはくをぎゅっと抱きしめた。
これが、わたしの夢の話。
ずっと続いていく、夢のようなおはなし。
今日は、バドミントン部もお休みだ。
「ヒーカリちゃん! 一緒帰ろー?」
アカネちゃんがひょこっと顔をのぞかせた。
落ち葉がしきつめられた帰り道を、わたしたちはざくざく歩く。
アカネちゃんは、パグのことも班長さんのことも忘れてしまっていた。
パグが消えてしまった次の日、ヒロキさんの夢を見たと嬉しそうに報告してくれた。
あれは本当に夢だったのかもしれない。
わたし以外は、覚えていないんだ。
わたしが、頭の中で作り出したもの。
だんだんそう思えてきた。
でももし本当だったら、パグは天国に行けたのかな?
できれば行ってほしい、とわたしは思うようになっていた。
「源さーん!」
アカネちゃんを呼ぶ声がする。
わたしたちは、振り返った。
「後藤くん、どうしたの?」
「今日、兄ちゃんに源さんを連れてきてほしいって言われてたんだ。すっかり忘れてたよ」
「えっ、ヒロキさんに!?」
アカネちゃんは嬉しそうに声を上げる。
アカネちゃんは、後藤くんを通して、お兄さんと時々会うようになっていたのだ。
後藤くんはわたしに視線を向ける。
「月島さんも一緒に」
わたしも?
☆☆☆
後藤くんに連れられてやってきたのは、藤代総合病院だった。
「ねぇ、後藤くん。本当にヒロキさんが、ここに来るように言ったの?」
「うん。俺にも理由は言ってくれなかったんだけど、なんか兄ちゃんもよくわかってない感じだった」
どういうことだろう?
お兄さんとは夢の中でしか会ってないから、わたしのことは覚えてないはずだ。
わたしたちは言われたとおり、三階のナースセンターの前で待っていた。
「ユウキ! ごめんお待たせ」
お兄さんが現れた。
久しぶりに見るその顔は、もうあのときのような暗いものではなかった。
よかった……。
お兄さんは、もう悪夢を見てないんだ。
「こんにちは、ヒロキさん!」
「こんにちはアカネちゃん。急に呼び出して悪かったね」
「いいえ!」
アカネちゃんは嬉しそうだ。
本当に好きなんだなぁ。
なんだか、わたしまで嬉しくなってきちゃう。
ふいに、お兄さんと視線が合った。
「兄ちゃん、こっちが月島さん。月島ヒカリさん」
「はっ、はじめまして!」
わたしはあわてて頭を下げた。
本当は、はじめてじゃないけど、こっちの世界じゃはじめてだもんね。
「君がヒカリちゃんかぁ」
お兄さんはしげしげとわたしを見てくる。
……はじめて、だよね?
あっ、アカネちゃんから、なにか聞いてたのかな?
「なぁ兄ちゃん、そろそろなんで月島さんも呼んだか教えてくれよ」
しびれを切らして、後藤くんがたずねた。
「あぁ、悪い悪い。行きながら話すよ」
わたしたちは、お兄さんに連れられて、歩き出した。
「最初は俺も意味がわからなかったんだけどね。あいつがどうしても会いたいって言うんだ」
あいつ?
この病院に入院してる人なのかな?
「俺も信じられなかった。だけどあいつには借りがあるから。……こう言うとあいつは怒るから、内緒だよ?」
お兄さんの言ってることは、わたしにはよくわからない。
アカネちゃんも後藤くんも、一緒のようだ。
お兄さんはひとつの病室の前で足を止めた。
入口のプレートには、『神原琥珀』と書いてある。
なんて読むんだろう?
お兄さんは、その部屋のドアをノックした。
「琥珀、開けるよ?」
こはく?
どこかで聞いたことがあるような……。
お兄さんはドアを開けて、わたしに入るように、うながした。
入っていいのかな?
わたしは病室に静かに入って、そっとベッド際のカーテンを開けた。
そこにいたのは――。
「久しぶり、ヒカリ」
目に入った人物が、信じられなかった。
これは夢?
わたしは、ほっぺたをつねってみた。
ぷっと笑う声がする。
「夢じゃねぇよ」
これは現実だ。
そこには、パグがいた。
ベッドに身を起こして、笑いながらわたしを見ている。
「なん、で? なんでパグがここにいるの?」
わたしはパグが伸ばした手にふれた。
さわれる……。
本当に、夢じゃないんだ……。
「ヒロキがさ、言ってただろ。『友達が池に落ちて目覚めない』って。あれは、俺のことだったんだよな。ヒカリたちと別れたあと、目を覚ましたらここにいた。俺はずっと眠ってたんだって」
「生きてたの……?」
「そう。完全に死んだわけじゃないから当然だよな。目覚めようとしたから、きっと夢を見たんだ」
そうだったんだ……。
「獏だったときのことを、覚えていられてラッキーだったよ。ヒロキがすぐにあやまりに来てさ。あれは事故だったんだから、全然いいのに」
アカネちゃんの夢で、お兄さんはパグが池に落ちちゃったことをすごく後悔してた。
許してもらえて、本当に安心しただろうな。
「しっかしまぁ、俺が藤代公園の池のゆうれいってことになってるって聞いたときは、笑ったよ」
「え!? あれパグのことだったの!?」
「そうそう。死んでない上に自殺じゃないっつーの」
パグは、笑いながらそう言う。
だけど、わたしは肝試しのときのことを思い出していた。
あのとき見たのは、もしかして……。
「わたし、肝試しのときにパグを見たかも……」
「は?」
「池の上に人影を見た気がしたの。アカネちゃんは暗かったから見まちがいだろうって言ってたけど」
病室に沈黙が落ちる。
あれは、見まちがいじゃなかった……?
よくよく思い出してみれば、パグの背格好に似ていた気がする。
あの黒い服は、たぶんパグのものだ。
「……ヒカリが獏である俺と接するようになったから、現実世界でも見えたとか……?」
「そう思いたい……」
パグであってほしい……!
本物のゆうれいだったら、怖すぎる!
それにあれがパグだったら、運命を感じてしまえるから……。
でもこうして現実世界でもつながりを持てたことが、すごく嬉しい。
もう会えないと思って、胸がぽっかり空いたようだった。
パグと目が合った。
わたしはそれが嬉しくて、にっこり笑う。
そしたら、パグは微妙な表情をして、目をそらしてしまった。
「あー……、ヒカリ。あの約束のことなんだが」
約束?
消えてしまう前に言ってたやつのことかな?
「あれはもういいよ! こうしてまた会えただけで嬉しいんだから」
そう言うけれど、パグの表情は晴れない。
気にしなくていいのに……。
「実はさ、あれから夢に班長が出てくることがあって……。小児科は人手不足だから、ときどき手伝ってほしいって言うんだ。だから、またヒカリが悪夢を見たときは、助けに行ってもいいか……?」
思いもよらない言葉に、わたしはびっくりした。
また、来てくれるの……?
「もちろん!」
ことわるわけがない。
心を強く持とうって思ってきたけど、パグがいなくなって、やっぱりさみしかった。
また来てくれるなら、こんなに嬉しいことはない。
「でも……。心強く持てってパグに言われたのに、これじゃあダメだね」
わたしは苦笑いした。
嬉しいけど、ふくざつな乙女心だ。
でも意外にも、パグはその言葉ににっと笑った。
「いや、ヒカリが強くあろうとする心に、俺だって力をもらってたんだ。おまえがいたから悪夢に立ち向かっていけてたの、知らないだろ?」
そ、そうなの?
なんだかそれが照れくさくて、わたしは顔が熱くなってきてしまう。
こんなとき、やっぱりわたしはパグのことが好きなんだなぁって実感する。
「そういえば、パグは本名はこはくって言うの?」
「あぁ、神原琥珀。思えば『はく』の部分だけ覚えてたから、『パグ』って名前つけちゃったんだな」
そう言ってパグは笑う。
「こはく」
「あぁ、好きな方で呼んでいいぞ。っつってもこっちじゃまわりが変な目で見るかもしれないから、琥珀の方がいいかな」
「こはく」
「あぁ、なんだ? ヒカリ」
口にするたびに、その名前がきらきらしてるように感じた。
こはくが言ってた月の光って、こんな感じなのかな?
「こはく、好き」
気がついたらそんなことを口走っていた。
こはくが、ぽかんとしている。
そこで、はっと自分の言ったことに気がついた。
「あ……! 今のなし! 忘れて!」
わたしは慌てて手を離して、ぶんぶんと振る。
こんなこと言うつもりじゃなかったのに!
告白っていったら、放課後の教室とか、体育館の裏とかでやるものでしょ!?
こはくは、くすっと笑う。
やだもう帰りたい……。
わたしは一歩下がったけど、こはくにぱしっと腕を取られてしまった。
「返事、聞いてから行けよ」
返事なんて聞かなくてもわかってる。
こはくは高校生だ。
こんな子どもなんて、相手にしないでしょ……。
「俺も好きだ」
ほら。
…………って、え?
今、なんて言った?
ぽかんと口を開けるわたしに、こはくは、またにっと笑って言った。
「両想いだな」
本当に……?
夢じゃない……?
わたしはほっぺたをつねってみた。
……ちゃんと痛い。
「だから夢じゃないって」
こはくは、おかしそうにくすくす笑った。
夢じゃないんだ……!
「夢でも現実でも、これからもよろしくな、ヒカリ」
「うん……!」
わたしは、こはくをぎゅっと抱きしめた。
これが、わたしの夢の話。
ずっと続いていく、夢のようなおはなし。