光がやんだとき、わたしはパグの手が離れていることに気がついた。

「パグ……? パグどこ!?」

 手を離すなって言われたのに……。
 わたしは、周りを見渡すけれど、暗闇が広がるだけだ。

「こっちだこっち」

 下のほうから声がした。
 わたしが、足もとを見ると――。

「パグ?」

 そこには犬のパグがいた。

「おう。無事夢渡りできたな」

 その声は、さっきまで手をつないでいたパグのもので。

「……なんで犬になってるの?」

 この犬がパグなのは間違いない。
 むっとした顔がおんなじだ。

「人のテリトリーだと力が発揮できないんだよ。……半人前だから」

 人の姿でいるのは、力がいるってことなのかな?

「ふふっ。でもかわいい」

「あっおい! 持ち上げんな!」

 パグは軽々と持ち上がった。
 わぁ、ふわふわだー。

「あれ、パグ?」

 頭の上から声がした。

「げ」

 見上げるとそこにいたのは、暗い茶髪をポニーテールにした男の人だった。
 パグと同じ黒いジャケットを着て、デニムパンツを履いている。
 そして、頭には犬耳が生えていた。

 その人は、パグの頭をがしっと掴む。

「『げ』ってなにかな? 『げ』って」

「いたたた! すんませんっした班長!」

 班長!

 はじめて会ったときに、パグは小児科二班所属だって言っていた。
 つまり、パグの班でいちばんえらい人ってことだろう。

 班長さんはわたしのほうをちらりと見た。

「君がヒカリちゃんだね? はじめまして。僕は夢食い獏、小児科二班班長のバーナードだよ。よろしくね」

「バーナードってセントバーナード? あの大きい犬?」

「おっ、よく知ってるねー。これはセントバーバードの耳だよ」

 そう言って、班長さんは頭に生えた耳をさわった。
 パグのは帽子だけど、班長さんのは本物なんだなぁ。班長だからかな?

「ここ班長のテリトリーだったのかよ」

「そうだよ? 源アカネちゃんの夢だね」

 わたしは、ようやくここに来た目的を思い出した。

「班長さん! アカネちゃんが悪夢を見るって……!」

 わたしは班長さんの腕を掴んだ。
 班長さんは、びっくりしている。

「ヒカリちゃん、アカネちゃんと友達なの?」

「そうなの! 同じクラスで……」

 帰り道、アカネちゃんが浮かべた不安そうな顔を思い出していた。
 いつも元気なアカネちゃんが、あんなにまいっていた。
 早く助けてあげないと……。

「ヒカリの力は班長も知ってるだろ? 助けになるんじゃないかと思って連れてきた」

 班長さんはふむ、と腕を組んだ。

「まぁいいか。じゃあアカネちゃんのとこに行こうか」



 気がつくと、藤代公園にいた。
 ここは林の入り口だ。

 となりに班長さんが並んだ。

「ここに、アカネちゃんがいるの?」

「うん。ここ数日、この夢ばかり見てるね」

 林は夏の肝試しのときのように、黒々としている。
 本当に、こんなところに、アカネちゃんはいるんだろうか?

 そう考えたとき、手になにかが触れた。

「大丈夫だ。俺がついてるから」

 人間の姿に戻ったパグだった。

「あれ? パグ? 元に戻ってる」

「僕の力を与えて人間の姿にしてあげたんだよー。じゃないと使い物にならないからね」

 パグは苦々しげな顔をしている。

「人間の姿になるのは、力がいるの?」

 わたしは班長さんにたずねた。

「そうだよ。特にパグは半人前だから、サポートが必要でねぇ」

 うんうんとうなずく班長さんの背中に、パグはグーパンチを決めた。
 班長さんは、あんまり気にしてなさそうだ。
 仲いいのかな……?

 わたしたちは、林の中を歩いていく。

「あれ? ヒカリちゃん?」

「アカネちゃん!」

 その途中に、アカネちゃんはいた。
 わたしはアカネちゃんに駆け寄っていく。

「会えてよかったー! ケガとかしてない?」

 わたしはアカネちゃんに抱きついた。
 見たところ、どこもケガはしてないようだ。

「私は大丈夫だよ。それよりなんでヒカリちゃんがここに?」

「アカネちゃんを助けに来たの!」

 わたしはパグを振り返った。

「夢食い獏、小児科二班のパグだ」

「同じく班長のバーナードでーっす」

 アカネちゃんは目をぱちくりさせた。

「この人たちは……?」

「獏だよ! 悪夢を食べてくれるの」

 いきなりこんなことを言われても、信じられないかもしれない。
 夢の中だもんね。
 わたしも悪夢にひとりでたえていかなきゃって思ってた。

 でも今は、パグがついている。
 パグがいれば、どんな悪夢だってへっちゃらなんだ。

「ヒカリちゃん……」

 アカネちゃんの手が、わたしの手を掴む。
 アカネちゃんの顔を見ると、両目から涙が零れていた。

「ア、アカネちゃん!?」

 まさか泣いちゃうなんて思わなくて、わたしはあせってしまう。
 わたしがおろおろしていると、アカネちゃんは涙を拭って手を振った。

「違うの……! 私、ずっとひとりで不安だった……。ひとりであの人をどうにかしなきゃって思って、でもできなくて……。ヒカリちゃんが来てくれたことが、すごく嬉しいの」

 わたしは胸がぎゅっとなってしまった。
 アカネちゃんもひとりで不安だったんだ……。
 わたしも前はそうだった。
 あのとき誰にも言えずにいたけど、アカネちゃんに相談したら力になってくれたのかもしれない。

 いま、アカネちゃんの力になれたことが嬉しい。

「俺らもいるからな」

 パグがアカネちゃんの頭をぽんと撫でた。
 アカネちゃんは、おとなしく撫でられている。

 わたしはそれを見て、なんだかもやもやしてきた。
 なんでだろう?
 なにか悪いものでも食べたかな?

「それで、アカネちゃんはどんな悪夢を見てたのかな?」

 班長さんが口を開いた。
 みんなの視線がアカネちゃんに集まる。

「えっとね、この先に池があるんだけど、男の人が立ってるの。なにしてるのかなーってぼんやり見てたんだけど、その人がいきなり叫びだして池に落ちちゃうの。私なんどもそれを止めようとしたけど、何回やってもだめで……。ねぇ、どうしたらいいのかな……」

 アカネちゃんは暗い表情でうつむいてしまう。
 わたしは、アカネちゃんの手をぎゅっと握った。

「よし、とりあえずその池とやらに行ってみっか」

 パグの言葉で、わたしたちは歩き出した。