「えー!? つきあってないの!?」

 そんな声が響いたのは、十月に入って少し寒くなってきた体育館だった。

 運動会も終わってのんびりとした季節、放課後の体育館はバドミントンのシャトルが飛び交っていた。

「う、うん……? 後藤くんは友達だよ?」

 コートが空くのを待っている間、マイちゃんたちに聞かれたのは後藤くんとはどこまで進展したかということだった。
 わたしが「ともだちになれて嬉しい」と言ったら、マイちゃんたちにかなり驚かれてしまったのだ。

「後藤くん、かわいそう……」

 マイちゃんがぽつりと言うと、まわりの子たちもうんうんとなずいている。
 後藤くん、わたしと友達になりたくなかったのかな……?

 そのとき、後ろから肩をがしっと掴まれた。

「はーいみんな、解散解散! ヒカリちゃんたちにはヒカリちゃんたちのペースがあるの! 好き勝手言ってジャマしない!」

 アカネちゃんだった。みんなは「それもそうだね」と言いながら、練習に戻っていく。

「アカネちゃん……後藤くんってわたしと友達になりたくなかったのかな……?」

 みんなの言ったことが気になっていた。
 わたしは後藤くんと普通に話せるようになって嬉しかったけど、後藤くんはそうじゃなかったかもしれない。

「後藤くんがそう言ったわけじゃないでしょ? みんなの言葉を真に受けて落ちこまないの!」

 たしかにそうだ。
 みんなもそう言ってたわけじゃないのに、すぐ悪い方に考えるのはわたしの悪いくせだ。

「そうだね。アカネちゃん、ありがとう」

 そう言ってふたりで笑みを浮かべた。
 だけど、すぐにアカネちゃんは深刻そうな顔になる。

「ヒカリちゃん」

 こんなに深刻そうな声を出すアカネちゃんは、はじめてだ。

「帰りにちょっと、相談があるんだけど……」



 わたしとアカネちゃんは、ふたりで帰り道を歩いていた。
 相談があると言ったアカネちゃんだけど、学校を出てから一言もしゃべっていない。

 なにか、言いにくいことなのかな……。

「ヒカリちゃん」

「はい!?」

 そう考えてたところでいきなり名前を呼ばれたから、声が裏返ってしまった。
 アカネちゃんはそんなわたしに気づかなかったのか、うつむいたまま続けた。

「私ね……。好きな人ができたの……」

 言ってる意味がわからなくて、わたしはしばらく固まってしまった。
 その意味を理解するのに十秒。
 それって……!

「そうなの!?」

「ヒカリちゃん、反応遅いなー」

 ようやく顔を上げたアカネちゃんは、けらけらと笑った。

「うわー! うわー! すごいね! 応援するよ!」

「ありがとう。えっとね、実は後藤くんのお兄さんなんだ。この前帰るときに後藤くんをむかえに来たみたいでね、ひとめぼれなんだー」

 そう言って笑うアカネちゃんは、すごくかわいい。
 テレビやマンガで恋をすると女の子は変わるっていうけど、本当だったんだなぁ。

 でも、アカネちゃんは、すぐに暗い表情になってしまった。

「アカネちゃん?」

「相談したいのはね、そのことじゃないの」

 どういうことだろう?
 アカネちゃんの表情に、さっきまでの幸せそうなものはない。

「ヒロキさん……後藤くんのお兄さんね。ヒロキさんのことを好きになってから、毎晩悪い夢を見るようになっちゃったの」

「え!?」

 それってもしかして……。

「なにかぐっすり眠れる方法知らない?」

 まだわたしの予感は想像だ。
 それに、すぐには信じてもらえないだろう。

 わたしはアカネちゃんに寝る前にホットミルクを飲んだり、枕元にラベンダーのかおりのものを置いたりするといいよと教えてあげた。

 アカネちゃんは疲れた表情で「ありがとう」と言うと、帰っていった。



   ☆☆☆



「なるほどなー」

 悪夢のことならパグだ。今日は悪夢じゃなかったけど、パグを呼んだ。
 呼んだら来てくれるっていうのは本当だったんだなぁ。
 なんだか嬉しい。

「パグの力でどうにかならないかなぁ?」

 わたしの悪夢じゃないから、だめかもしれない。
 パグに頼むのも悪い気がする。

 だけど他に方法が思いつかなかった。
 アカネちゃんの力になりたかった。

「人の夢に渡るのは、ちょっと手続きがめんどうだからなぁ……。でもヒカリの力もあるし……」

 そう言ってパグはちらりとわたしを見た。そしてにっと笑う。

「よし行くか! 夢渡り!」

 パグはわたしの手を取って立ち上がる。
 そして、剣を抜いた。

 パグが剣をくるりとひと回しすると、光る大きな鏡のようなものが現れた。

「ヒカリ、手を離すなよ? 夢を渡るぜ!」

 わたしたちは、光の中に入っていった。