渡り廊下を渡って、わたしたちは第二校舎の図書室に逃げ込んでいた。
 そこでようやく下ろしてもらう。

「なっつかしいなぁ。全然変わってねぇ」

 きょろきょろと図書室を見回して、パグはそう言った。
 その言葉で、わたしは確信していた。
 わたしの視線に気づいたのか、パグは片眉を上げる。

「ヒカリは藤代小だったんだな。俺もだよ」

 やっぱりそうだったんだ。
 パグは、すぐ近くに住んでたんだなぁ。

「それで、今日はどうした?」

 ずしーん、ずしーんと巨人の歩く音は続いている。
 今はグラウンドにいるけれど、こっちに来るのも時間の問題だ。

「えっとね……、わたしのクラスに転校生が来たの」

「うん」

「後藤くんっていって、大きい子なの」

「……男子か」

「うん? うん。でね、隣の席になったんだけど、教科書見せてあげたら嬉しそうだったんだけど、すごい目で見てくるの。友達は後藤くんがその……、わたしのことを好きなんじゃないかって言うんだけど、わたしはそんな風に思えなくて……。ねぇパグ、わたしどうしたらいいかな?」

 わたしは視線をさまよわせながら、しどろもどろに言った。

 でもなかなか返事が返ってこなくて、顔を上げるとパグは頭を抱えていた。

「パグ?」

 しゃがみ込んで話していたわたしたちだけど、パグは膝に顔をうずめてしまっていた。

 わたしの話、聞きたくなかったのかな……?

「ヒカリ!」

「はい!」

 勢いよく顔を上げてパグは名前を呼んだから、わたしも大きな声で返事をしてしまった。
 パグはわたしを肩をがしっと掴む。

「男は狼だ」

「…………は?」

「ゆだんしちゃダメだぞ? 隙を見せたらぱくっといかれるぞ……!!」

「えっと、パグ? なんの話をしてるの?」

 わたしがたずねると、パグははっとして手を離した。

「あ、あの巨人の話? だいじょうぶだよ! 現実の後藤くんはちゃんと普通の人間だから!」

 パグは勘違いしてるのかも!
 夢はなんでもアリだって言ったのは、パグの方なのに。

 わたしが笑いながら言うと、まじまじと見てきた。
 なにか変なこと言ったかな?

 パグは視線をそらすと、がしがし頭をかいた。

「ヒカリは、そいつのこと、好きなのか?」

 そして、そんなことを聞いてくる。

「後藤くんのこと? うーん……。怖いけど、嫌いじゃないよ」

「……友達として、好き?」

「うん? うん、そうだよ」

 他にどんな意味があるんだろう。
 わたしがうなずくと、パグははーっと大きくため息をついた。

「なら、そう言ってやれ。友達になりたいって言ったら、たぶん喜んでくれると思うから」

 そうなのかな……?
 パグがそう言うなら、喜んでくれそうな気がしてくる。

 そのとき、地響きが聞こえた。
 巨人が第一校舎を壊しちゃったらしい。

「よっしゃ! じゃあいっちょ片づけに行くか」

 そう言ってパグは立ち上がった。

「だっ、大丈夫……?」

「おう。ヒカリはもう後藤くんが怖くないだろ?」

 そういえばそうだ。
 あした学校で、なんて言って話しかけようかなって考えている。

「心を強く持てよ?」

 パグはわたしの手を取って、駆け出した。
 渡り廊下まで来ると、もう巨人の姿が見えた。
 その大きさに、わたしはちょっとすくんでしまう。

 するとパグはわたしの手をぎゅっと握った。

「大丈夫だ」

 パグを見上げると、にっこりとほほえんでいて。

「うん」

 わたしも笑ってうなずいた。

 パグは渡り廊下の手すりに飛び乗った。
 巨人はそれに気づいたようで、大きな手をこっちに伸ばしてくる。

 それを見越していたかのように、パグは巨人の手に飛び乗った。
 たたたっと巨人の腕を駆け上がると、肩のところで大きく飛び上がる。

「パグ!」

 もうパグは巨人の頭の上だ。
 巨人はパグを見上げるけれど、反応が追いついていない。

「男なら……好きな子いじめとかしてんじゃねーよ!」

 パグがなにか言ったようだけど、巨人のうなり声でわたしの耳には聞こえなかった。

 パグは剣を振り下ろす。
 光とともに、巨人は小さくなっていった。

 わたしは第二校舎から、階段を駆け下りた。
 パグのもとまで行くと、パグは片手を腰に当ててなにやら考えごとをしていた。

「パグ? どうしたの?」

 パグはくるりと振り返った。

「見ろ、ヒカリ。夢食いはじめての食べもの型だ」

 パグが持っていたのは人型のクッキーで、それはこんがりと焼けていた。
 わたしは、おもわず吹き出してしまう。

「後藤くんね、それくらい日焼けしてるの」

 パグはちょっと面食らった顔をして、それからおもしろくなさそうな表情をした。
 そのまま、ぱくりと一口でクッキーを食べてしまう。

「ふつうの食べものも、おいしいの?」

 わたしはパグにたずねてみた。
 ノートとかシャトルとかはおいしいって言ってたけど、クッキーはどうなんだろう?

「まぁまぁだな」

 そうなんだ。
 いつか、わたしが焼いたクッキーを食べてくれたら嬉しいなって思った。



   ☆☆☆



 次の日の学校で、わたしはまた後藤くんに教科書を見せることになった。
 あいかわらず、後藤くんはわたしをすごい目で見てくる。

 パグに力をもらったんだ。
 がんばらなきゃ。

 わたしはメモ帳に書き込むと、折りたたんでそっと後藤くんに渡した。
 後藤くんはそれを開いてじっと読んでいる。

 伝わったかな?

 わたしがちらりと隣を見ると、後藤くんはまっかな顔をしている。
 そしてわたしの視線に気づくと、小さくうなずいた。

 わたしは最初に後藤くんが見せてくれたときのように、満面の笑みを浮かべた。



 ――後藤くんとともだちになりたいです。

   仲良くしてくれませんか?