九月。
 二学期が始まった。

 夏休みの宿題は、アカネちゃんと終わらせたからばっちりだ。

「みなさんおはようございます! 夏休みは楽しかったかな?」

 村岡先生が教室に入ってきて、みんなに声をかける。
 教室のいたるところから

「はーい」とか「海に行ったよ!」

とか、声が上がった。

「今日はみなさんに新しいお友達ができます。後藤くん、入って」

 先生がそう言うと、ドアを開けてひとりの男の子が入ってきた。

「転校生の後藤ユウキくん。みなさん、仲よくしてね」

 また「はーい」という声が上がった。

 先生の隣に並んで立つのは、背の高い男の子だった。
 日焼けしていて、ちょっと目つきが悪い。

 後藤くんは教室を見回した。

「席は……月島さんの隣が空いてるわね」

「へっ!?」

 先生と目が合ったと思ったら、そんなことを言われてしまった。
 一番うしろの窓から二番目。
 たしかに隣の窓側の席は空いてたけど、まさか隣になるなんて……。

 後藤くんはずんずん歩いてくる。

「……よろしく」

 後藤くんはぼそりとそう言うと、席についた。

「よ、よろしく……」

 わたしは小さい声でそう言うのがやっとだった。



 休み時間、後藤くんの席のまわりには、人だかりができている。
 わたしは廊下側の席のアカネちゃんの席に避難していた。

「後藤くん、おっきいねー」

 アカネちゃんがのんびりとした声を出した。

「ちょっと、怖いかも……」

「そう? たしかに迫力あるよねー」

 怖く感じるのはわたしだけなのかな?
 パグだって大きい人だけど、怖くはない。
 なんで後藤くんはそう感じるんだろう?

 チャイムが鳴った。
 後藤くんの席からみんなが離れていく。

「……がんばれ」

 アカネちゃんのはげましを背中に、わたしはとぼとぼと自分の席に帰っていった。



 算数の授業中、後藤くんは手を上げた。

「後藤くん、どうしたのかな?」

「教科書が、前の学校のと違うみたいです」

 村岡先生は、あぁと声をもらした。

「そうだったわね。月島さん、見せてあげて?」

「へ?」

 後藤くんはがたがたと机をつけてくる。
 国語の時間は言われなかったから、ゆだんしていた……。
 転校生なら、教科書が違うこともあるんだ。

「……だめ?」

 わたしの様子にきづいたのか、後藤くんが小さな声でたずねてきた。

 そ、そんなに顔に出てたのかな……?
 わたしはいきおいよく、横に首を振った。

「よかった」

 それだけ言うと、後藤くんは前を向いてしまった。
 わたしもずっと隣を向いているわけにもいかない。
 黒板に視線を戻した。

 気のせいだったのかな?
 後藤くんが、すごく嬉しそうに笑った気がする。



   ☆☆☆



 それでもやっぱり後藤くんが怖いと思うのは変わらなくて、わたしは授業に集中できなかった。
 隣から視線を感じる気がするんだ。

「気のせいじゃないんじゃない?」

 部活の時間、一試合終えて体育館のすみに戻ってきたアカネちゃんは、疲れきってるわたしに向かってそう言った。

「後藤くん、ヒカリちゃんのこと見てると思うよ?」

「なっ、なんで……」

「好きなんじゃない? ひとめぼれとか」

 思いもよらなかった言葉に、わたしは目をぱちくりさせた。

「あー、あたしも思ったー」

「そんな感じだよねー」

 他の子たちも集まってきて、そんな声をかけてくる。

「えー、そう? なんかすごくにらんでない?」

 そんな声をかけてくる子たちもいる。

「わたしもそう思う……。好きとか、絶対ないよ……」

 そうそう、とか、えー? とかみんなは言っている。
 そこに「さぼるなー!」という先輩の声が響いた。
 慌てて、みんなは離れていく。

「なんにせよ、嫌なら嫌って言わなきゃダメだよ?」

 アカネちゃんはそう言うけれど、わたしは途方にくれていた。



   ☆☆☆



 わたしは教室に立っていた。
 藤代高校ではない。
 わたしが通う、藤代小学校の四年二組の教室だ。

 本物の教室じゃない。
 これは夢だ。

 何度も悪夢を見るうちに、これが夢かそうじゃないかわかるようになってしまった。

 今日のは悪夢だろうか。
 わたしはあたりを見渡した。

 別に変わったところはない。
 いつもの教室に見える。

 だけどわたしは、これが悪夢な予感がしていた。

 だってその理由がある。

 そのときだった。
 ずしーん、ずしーんと外から大きな音が聞こえた。
 わたしが窓の外を見てみると、そこには巨人が歩いていた。
 校舎よりももっと大きい、日焼けした巨人だ。

「わ、わたしの後藤くんのイメージってあんなのかな……」

 思い悩んでいることはひとつ。
 転校生の後藤くんだ。
 たしかに大きくてちょっと怖いけど、あそこまでいくと大きすぎる。
 本人に悪い気がしてきた……。

「おうおう、今日のは一段とでけぇな」

 隣から突然声がした。
 黒いジャケットに犬耳ぼうし、腰に剣を差したパグがそこには立っていた。

「パグ!」

「よう、ヒカリ。今度はどんなお悩みだぁ?」

 パグは楽しそうに聞いてくる。

「わっ、笑いごとじゃないよ! このままじゃ校舎をはかいされちゃう!」

 わたしがあせってそう言うけれど、あいかわらずパグは楽しそうだ。

「そうだな、じゃ、ちょっくら逃げるか!」

 そう言うやいなや、パグはわたしを抱きかかえて走り出した。