「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
暗い道を、一人で走っていた。
数歩先は闇の中で、もう見えない。
わたしはずっと追いかけられていた。
追いつかれちゃ、いけない。
でももう息が、持たない。
その時、足がもつれて転んだ。
はっとして振り返る。
『それ』はもう目の前に来ていた。
☆☆☆
ジリリリリリ…………
目覚まし時計の音が鳴り響いた。
ピンクのカーテンのすきまから、朝日がもれてきている。
ここはわたしの部屋だ。
大丈夫、あれは現実じゃない。
だけどわたしは汗だくだ。
「ヒカリー! 遅刻するわよー?」
一階からわたしを呼ぶお母さんの声に、あれが夢だったんだとほっとした。
ここのところ、いつも悪い夢を見ている。
なにかに追いかけられていて、追いつかれる寸前で目が覚める。
あれがなにかはわからない。
だけどあれに追いつかれたらおしまいだ、ってなんとなくわかっていた。
ただでさえ、悩んでることがあるのに……。
「あ……」
わたしは四年二組の教室に入って、アカネちゃんと目が合って固まってしまった。
アカネちゃんはふいっとわたしを無視して、他の友達のところに行ってしまった。
アカネちゃんは幼稚園のときからの友達だ。
同じバドミントン部に入ってて、ずっと仲良くしてきた、いちばんの友達だ。
だけど最近は、ちょっとぎくしゃくしていた。
きっかけはささいなことだった。
「あっヒカリちゃん、それ使ってくれてるんだー」
誕生日にマイちゃんからもらったピンクの水玉のノート。
いつもはアカネちゃんと一緒の赤いチェックのノートを使っている。
だけど、きのう使い終わっちゃって、マイちゃんからもらったノートを持ってきたんだ。
わたしは、ちらりとアカネちゃんの方を見た。
アカネちゃんは、なにか言いたそうにこっちを見ていた。
チャイムが鳴っちゃったからアカネちゃんはなにも言わなかったけど、授業が終わってからアカネちゃんはわたしのところにやってきた。
「ヒカリちゃん、いつものノートは?」
わたしはアカネちゃんと目を合わせることができなかった。
四年生になったときに、アカネちゃんとした約束。
四年生からは学習ノートを使わなくてもいいから、おそろいのを使おうねって約束したんだ。
でも、わたしはおそろいのノートを買いにいく時間がなくて、もらったノートを持ってきてしまったのだ。
「もういい。勝手にすれば?」
そう言ってアカネちゃんは。自分の席に戻ってしまった。
わたしはなにか言おうとしたけれど、チャイムが鳴って先生が入ってきてしまったから、なにも言うことができなかった。
それからアカネちゃんとはしゃべっていない。
悪夢を見るようになったのは、そのころからだった。
☆☆☆
わたしはまた夢を見ていた。
逃げる、逃げる。
なにから?
わからないままひたすらに走る。
そして足がもつれた。
私はぎゅっと目をつぶる。
『それ』は、もうすぐ後ろまで迫っている。
どうしてこんな夢ばかり見るんだ……。
怖い……怖い…………怖い!
「見ィツケタ」
声が、した。
今までにはなかった夢の続きだ。
捕まると思った。
でもなにも襲ってこない。
わたしはそっと目を開けてみた。
座り込むわたしの前には大きな背中が見えた。
黒いジャケットにストライプのパンツ、そして腰に剣を差した男の人が、わたしをかばうように立っていた。
その人の頭には、なぜか犬耳のついたぼうしがかぶられている。
暗かったはずのまわりが、いつの間にか少し明るくなっていた。
その人の前には大きな黒い影がいて、その人が手にした剣で影を止めていた。
その影を見てわたしはひっと声を上げた。
これがずっと私を追いかけていたものだ……。
なんと言ったらいいのだろう。
真っ黒くて大きくて、気味の悪い化け物だ。
「安心しろ。俺が来たからにはもう大丈夫だ」
その人がわたしに言っているんだと気づくまでに少しかかった。
その間にその人は影を突き飛ばす。そして影に切りかかっていこうとした。
だけど剣が届く寸前に、影は飛び散って消えてしまった。
「ちっ、逃がしたか」
その人は呟いてからくるりとこっちを向いた。
ずかずかと歩いてくると、キンっと剣をさやにしまう。
「悪い、大口叩いたくせに逃がしちまった。でももう大丈夫だから」
そしてしゃがみ込むわたしに視線を合わせてから、わたしの頭を撫でてそう言った。
「だ、誰……?」
助けてくれて嬉しいけど、この人は誰なんだろう。
その人はにっと笑った。
「俺は夢食い獏、小児科二班のパグだ」
わたしはきょとんとした。
「獏ってあの獏……? 夢を食べる……?」
「おう。お前の夢を食いに来た」
獏っていったら、鼻の長い黒い動物を、図鑑で見たことがある。夢を食べるっていいつたえがある生き物だって書いてあった。
「パグって……?」
パグっていったら犬のパグだよね?
犬と獏は、ちがうと思うんだけど……。
「うっるさいなぁ! 名前だよ! 登録するときに間違えちまったんだよ!」
いきなり怒鳴られてわたしはまたびくっとした。
パグさんは頭をかく。
「っとわりぃ。あんなモン見てまだビビってるだろうに……」
そう言ってわたしの頭をぽんぽん撫でた。
その感触にわたしはなんだか安心してしまって、涙がぽろっと零れてしまった。
「おー泣け泣け。あんなんのに追っかけられて怖かったよな」
パグさんはそのまま撫で続ける。
ようやく涙が止まって、わたしは深呼吸をした。
「もう大丈夫か?」
「うん……。えっと、ありがとうございました」
わたしがぺこりと頭を下げると、パグさんはにっこり笑っていた。
「おまえ、名前は?」
「ヒカリ、です」
「そうか。ヒカリ、悪いがあいつは逃がしちまったから、多分また来ると思う」
また。悪夢は終わったわけじゃないんだ……。
青ざめたわたしを見てパグさんはあわてて言った。
「そん時は俺を呼べ。どこにいても、絶対駆けつけるから」
「パグさん?」
「パグでいい」
「パグ」
「あぁ」
パグは満足そうににっと笑った。
「パグは、なんでこんなことしてくれるの?」
今までずっと一人だった。
一人でずっと逃げていた。
「俺がバクだからだ。悪い夢から良い子を守るのが俺の役目だ」
その強い瞳は、しっかりとわたしを映していた。
「ほら、もう夜が明けるぞ」
振り返ると、白い光が零れ始めていた。パグはそっとわたしの背中を押す。
「またな」
そうして視界は白に染められた。
☆☆☆
目が覚めて、わたしはベッドの上でぼんやりしていた。
いつものように嫌な朝じゃない。こんな朝は久しぶりだった。
あれは、夢?
夢なんだけど、なんだかただの夢だとは思えなかった。
助けてくれる人が現れるなんて、おどろきだ。
「あらヒカリ、今日はちゃんと起きれたのね」
ノックしてお母さんが入ってきたけど、お母さんもびっくりしてるみたいだった。
でも学校はそんな風にはいかなかった。
アカネちゃんはあいかわらず、目も合わせてくれない。
「最近ヒカリちゃんとアカネちゃん、一緒にいないね」
「ケンカでもしてるの?」
クラスの友達からも、そんなことを言われてしまった。
わたしはなにも言うことができない。
友達みんなは顔を見合わせた。
「早く仲直りできるといいね」
暗い道を、一人で走っていた。
数歩先は闇の中で、もう見えない。
わたしはずっと追いかけられていた。
追いつかれちゃ、いけない。
でももう息が、持たない。
その時、足がもつれて転んだ。
はっとして振り返る。
『それ』はもう目の前に来ていた。
☆☆☆
ジリリリリリ…………
目覚まし時計の音が鳴り響いた。
ピンクのカーテンのすきまから、朝日がもれてきている。
ここはわたしの部屋だ。
大丈夫、あれは現実じゃない。
だけどわたしは汗だくだ。
「ヒカリー! 遅刻するわよー?」
一階からわたしを呼ぶお母さんの声に、あれが夢だったんだとほっとした。
ここのところ、いつも悪い夢を見ている。
なにかに追いかけられていて、追いつかれる寸前で目が覚める。
あれがなにかはわからない。
だけどあれに追いつかれたらおしまいだ、ってなんとなくわかっていた。
ただでさえ、悩んでることがあるのに……。
「あ……」
わたしは四年二組の教室に入って、アカネちゃんと目が合って固まってしまった。
アカネちゃんはふいっとわたしを無視して、他の友達のところに行ってしまった。
アカネちゃんは幼稚園のときからの友達だ。
同じバドミントン部に入ってて、ずっと仲良くしてきた、いちばんの友達だ。
だけど最近は、ちょっとぎくしゃくしていた。
きっかけはささいなことだった。
「あっヒカリちゃん、それ使ってくれてるんだー」
誕生日にマイちゃんからもらったピンクの水玉のノート。
いつもはアカネちゃんと一緒の赤いチェックのノートを使っている。
だけど、きのう使い終わっちゃって、マイちゃんからもらったノートを持ってきたんだ。
わたしは、ちらりとアカネちゃんの方を見た。
アカネちゃんは、なにか言いたそうにこっちを見ていた。
チャイムが鳴っちゃったからアカネちゃんはなにも言わなかったけど、授業が終わってからアカネちゃんはわたしのところにやってきた。
「ヒカリちゃん、いつものノートは?」
わたしはアカネちゃんと目を合わせることができなかった。
四年生になったときに、アカネちゃんとした約束。
四年生からは学習ノートを使わなくてもいいから、おそろいのを使おうねって約束したんだ。
でも、わたしはおそろいのノートを買いにいく時間がなくて、もらったノートを持ってきてしまったのだ。
「もういい。勝手にすれば?」
そう言ってアカネちゃんは。自分の席に戻ってしまった。
わたしはなにか言おうとしたけれど、チャイムが鳴って先生が入ってきてしまったから、なにも言うことができなかった。
それからアカネちゃんとはしゃべっていない。
悪夢を見るようになったのは、そのころからだった。
☆☆☆
わたしはまた夢を見ていた。
逃げる、逃げる。
なにから?
わからないままひたすらに走る。
そして足がもつれた。
私はぎゅっと目をつぶる。
『それ』は、もうすぐ後ろまで迫っている。
どうしてこんな夢ばかり見るんだ……。
怖い……怖い…………怖い!
「見ィツケタ」
声が、した。
今までにはなかった夢の続きだ。
捕まると思った。
でもなにも襲ってこない。
わたしはそっと目を開けてみた。
座り込むわたしの前には大きな背中が見えた。
黒いジャケットにストライプのパンツ、そして腰に剣を差した男の人が、わたしをかばうように立っていた。
その人の頭には、なぜか犬耳のついたぼうしがかぶられている。
暗かったはずのまわりが、いつの間にか少し明るくなっていた。
その人の前には大きな黒い影がいて、その人が手にした剣で影を止めていた。
その影を見てわたしはひっと声を上げた。
これがずっと私を追いかけていたものだ……。
なんと言ったらいいのだろう。
真っ黒くて大きくて、気味の悪い化け物だ。
「安心しろ。俺が来たからにはもう大丈夫だ」
その人がわたしに言っているんだと気づくまでに少しかかった。
その間にその人は影を突き飛ばす。そして影に切りかかっていこうとした。
だけど剣が届く寸前に、影は飛び散って消えてしまった。
「ちっ、逃がしたか」
その人は呟いてからくるりとこっちを向いた。
ずかずかと歩いてくると、キンっと剣をさやにしまう。
「悪い、大口叩いたくせに逃がしちまった。でももう大丈夫だから」
そしてしゃがみ込むわたしに視線を合わせてから、わたしの頭を撫でてそう言った。
「だ、誰……?」
助けてくれて嬉しいけど、この人は誰なんだろう。
その人はにっと笑った。
「俺は夢食い獏、小児科二班のパグだ」
わたしはきょとんとした。
「獏ってあの獏……? 夢を食べる……?」
「おう。お前の夢を食いに来た」
獏っていったら、鼻の長い黒い動物を、図鑑で見たことがある。夢を食べるっていいつたえがある生き物だって書いてあった。
「パグって……?」
パグっていったら犬のパグだよね?
犬と獏は、ちがうと思うんだけど……。
「うっるさいなぁ! 名前だよ! 登録するときに間違えちまったんだよ!」
いきなり怒鳴られてわたしはまたびくっとした。
パグさんは頭をかく。
「っとわりぃ。あんなモン見てまだビビってるだろうに……」
そう言ってわたしの頭をぽんぽん撫でた。
その感触にわたしはなんだか安心してしまって、涙がぽろっと零れてしまった。
「おー泣け泣け。あんなんのに追っかけられて怖かったよな」
パグさんはそのまま撫で続ける。
ようやく涙が止まって、わたしは深呼吸をした。
「もう大丈夫か?」
「うん……。えっと、ありがとうございました」
わたしがぺこりと頭を下げると、パグさんはにっこり笑っていた。
「おまえ、名前は?」
「ヒカリ、です」
「そうか。ヒカリ、悪いがあいつは逃がしちまったから、多分また来ると思う」
また。悪夢は終わったわけじゃないんだ……。
青ざめたわたしを見てパグさんはあわてて言った。
「そん時は俺を呼べ。どこにいても、絶対駆けつけるから」
「パグさん?」
「パグでいい」
「パグ」
「あぁ」
パグは満足そうににっと笑った。
「パグは、なんでこんなことしてくれるの?」
今までずっと一人だった。
一人でずっと逃げていた。
「俺がバクだからだ。悪い夢から良い子を守るのが俺の役目だ」
その強い瞳は、しっかりとわたしを映していた。
「ほら、もう夜が明けるぞ」
振り返ると、白い光が零れ始めていた。パグはそっとわたしの背中を押す。
「またな」
そうして視界は白に染められた。
☆☆☆
目が覚めて、わたしはベッドの上でぼんやりしていた。
いつものように嫌な朝じゃない。こんな朝は久しぶりだった。
あれは、夢?
夢なんだけど、なんだかただの夢だとは思えなかった。
助けてくれる人が現れるなんて、おどろきだ。
「あらヒカリ、今日はちゃんと起きれたのね」
ノックしてお母さんが入ってきたけど、お母さんもびっくりしてるみたいだった。
でも学校はそんな風にはいかなかった。
アカネちゃんはあいかわらず、目も合わせてくれない。
「最近ヒカリちゃんとアカネちゃん、一緒にいないね」
「ケンカでもしてるの?」
クラスの友達からも、そんなことを言われてしまった。
わたしはなにも言うことができない。
友達みんなは顔を見合わせた。
「早く仲直りできるといいね」
