違う。僕は聞き返したわけじゃない。

「っ! 人間!」

 それを言葉にするよりも先に、男から距離を取る。
 褒めたくなどないけれど、さすが、結界を通っただけのことはある。声をかけられるまで、その気配に僕は全く気付かなかった。

「……勇者、だな。僕を、倒しにきたのか」

 後ろへと飛び退き、着地した拍子に咲き乱れていた花が散って、(くう)を舞う。
 ああ、ごめんね、お花さん達。
 心の中で詫びながら、視線の先にいる男を睨み付けた。
 青い瞳、金色の髪。
 なるほど、暇潰しに読んだホコリまみれの文献に書いてあった勇者の血族とされる者の特徴と一致している。

「違ぇ」
「え」
「俺はロヴァル。人間て名前じゃねぇ」

 結界を破れるほどの者だ。この場をどう切り抜けようか。
 なんて、そんなことを考えていれば、返ってきたのは名がどうこうという、ぶっちゃけ、僕にとってはどうでもいいものだった。
 そ、そうか。
 ぽつりと呟いて、逃走ルートを脳内に浮かべる。このまま真っ直ぐ城へ逃げたとしても、追い付かれるだろう。残念ながら走るのも飛ぶのも僕は苦手だ。とはいえ、ここでドンパチやる気もさらさらない。せっかくここまで育てた僕の花畑を(みずか)らの手で荒れ地にするなんてことはできればごめん(こうむ)りたい。

「あと、確かに俺はお前らを、魔王を倒しにきた」
「っ、」
「が、事情が変わった」
「……じ、事情……?」
「お前を嫁にする」
「……は?」
「花畑ん中で花摘みながらほにゃほにゃ笑ってんのが悪い。くっそ好みだわ無理無理しんどい。ぜってぇ嫁にするっつうか嫁確定だっだわ。てことでほら、行くぞ」
「……え?」
「指輪、買いに」

 ああ、どうすれば。
 そんな葛藤は、ロヴァルと名乗った男の意味の分からない発言によってどこかへと吹き飛んだ。