「ごめんなさい」
 私の言葉を聞いた彼は、一瞬だけ暗い顔をしたけれど、すぐにその傾いた心を戻して笑った。
「急にごめんね」
 それだけ言って彼は去っていき、私の心には後悔がにじんでじわりじわりと広がっていく。
 どれだけ考えても、今去っていった彼と付き合えば私は嘘をつくことになる。
 それが嫌だからお断りをした。
 たったそれだけなのに、こうも苦しい。
 その原因はわかっていた。

「チエ、またフッたのか?」

 後ろから幼馴染のカオルに話しかけられて、心臓が飛び出るほどビックリした。

「急に話しかけないでよ!このバカオル!」
「はいはい、悪かったな」
「っていうか、見てたの?」
「さっきのヤツとすれ違いになったんだよ。その先にお前がいたからな、大体察しはつく」
「察してくれなくてもいいのに」
「俺だって嫌だよ」
「はいはい、ごめんなさいね」
「っていうかお前、結構な数告白されてないか?」
「わかんない、いちいち数えてないし」
「試しに誰かと付き合ってみればいいのに」
「……いや」

 カオルの無邪気で残酷な言葉が、私の胸に刺さる。
 学校で演じている「サエキ チエ」を好きになる人は多い。
 だけどそれは仮の姿でしかない。
 ドラマの中の人物に恋している人と何ら変わりはない。
 私が舞台から降りた時にどんな顔をしているのか、その人達は全然知らない。
 けど、カオルは知っている。
 私がどれだけ演じているのかを。
 だからこそ怖い、けれども、背中を預けたくなる。

「まあ、無理はするなよ」
 ポンッと背中を叩いたカオルは、自分のクラスへと戻って行く。
 その背中を見ながら、私は少しだけ泣いた。
 舞台を降りた私の、純粋な涙だった。