わたしは、こんなに、千隼くんのことが好きなのに。

ファーストキスが千隼くんで、嬉しいのに。




「……っ、ていうか、千隼くん、言ったじゃん……っ」




『中瀬が嫌がることはしない』って、お泊まりのとき。

独りよがりなキスには何の意味もないって!




そりゃあ、わたしは嫌なわけじゃなかったけど……。

けど、乙女のいたいけなファーストキスをあんな風に奪うなんて卑怯だ。やり逃げだ。




いつの間にか涙はひっこんで、代わりに千隼くんに言いたいことがむくむくとふくらんでいく。



千隼くんは、わたしが千隼くんのことを好きだなんて知らないくせに。どんなにドキドキしてたか知らないくせに。



ていうか、キスするなら、千隼くんだってわたしのことを好きって気持ちでしてくれないといやだ。わたしのこと、好きだって、言ってよ、ちゃんと、わかりやすく言ってほしい。


そしたら、わたしだって、千隼くんのことが好きだって言うのに。



「……っ」




ああもう!
ぐい、と涙を拭う。



ちゃんと好きだって言おう。
なんでキスしたのって聞こう。



今すぐ問いつめなきゃ、気がすまない。
中瀬このかよ、今、突撃しないでどうするの。



大丈夫だよ、もし、もしも、ふられたって。
そのときはそのときだ、だって、わたし失恋マスターなんだし。金メダル候補なんだし。




「……待ってろ、千隼くんめ!」




立ち上がって、ぱんとスカートについたほこりを払う。

汚れてしまった膝も、泣いたあとが残る頬も、赤くなった目も、ぜんぶ格好つかないけれど。



千隼くんに聞いてほしい。
千隼くんの気持ちをたしかめたい、今すぐに。



千隼くんが出て行った扉から、勢いよく飛びだして、消えた背中を探して走った。