「……ち」


おかしいな、たった3文字、口にするだけのはず。

なのに、なんだか胸のあたりが変で。


ぱくぱくと口を動かすだけのモーションを繰り返すと、弓木くんがじとっとした視線を向けてくる。



「まさかとは思うけど、俺の名前、知らないとか」

「まさか! しっ、知ってるよちゃんと……!」



2年間連続同じクラス、隣の席。

そうでなくてもとても有名人なのだ、このひとは。

知らない方がおかしいよ、弓木千隼くん。



頭のなかでは簡単に言えるのに。
いざ口にしようとすると────。


ただ名前を呼ぶだけで緊張するなんて、やっぱりおかしい。

なにかのバグとしか思えない。



「ち……」

「ち?」

「ち……っ、は……や、くん」