たっぷり時間を要してから、ノルツが重い口を開いた。

「俺は、自分が王になれるとは思っていなかった。ずっと、物心ついた時から」

 力のない呟きだが、本音を告げる覚悟が決まったのだろう。
 リナローズは静かに話に耳を傾けていた。

「だが周囲は俺に期待を寄せた。選ばれるはず無いことは俺が一番よく知っていたのに、みっともなく足掻いてみせた。その結果がこれだ。王に選ばれなかった人間を兄が傍に置いておくはずがないからな」

「はい。存じております」

「ああ。それで……まて。存じておりますだと?」

 誰にも話したことのない胸の内を赤裸々に語ったのだ。存じているなどと言われるのは心外である。

「わたくしノルツ様が王位争いに破れ追放されることを知っていました」

「馬鹿な……」

 ノルツは困惑するが、冷静に考えてもみた。これでもリナローズは侯爵の娘。儚げに見えても貴族の情勢には精通しているのかもしれない。
 この結果はノルツ自身にも推測することが可能なものだった。王位争いに敗れることは確かな情報網があれば予測することも出来る。まさかリナローズがそれを見越していたとは思わなかったが、ノルツはそう解釈することでどうにか納得を示した。

「では知っていて何故……」

 幾度となく自分から逃げる機会を与えた。嫌われるために突き放してきた。それなのにリナローズは最後まで自分から離れることをしなかった。他の貴族たちは勝ち目がなくなったとわかればすぐに離れていったというのに。

 あのパーティーで婚約破棄を突きつけたのもリナローズのためだ。
 あれが最後のチャンスだった。だから人目もはばからず、彼女の不名誉になるとわかっていても公の場で声を上げた。
 一方的に婚約を破棄されたとなれば、同情した誰かが彼女を救ってくれることを信じて。だが結果は、こうして揃って馬車に揺られている。

「実はわたくしには前世の記憶があるのです」

「今、なんと?」

 リナローズは少し得意気に語り出した。