「何を言い出すかと思えば、俺は公の場で婚約破棄を申し出るような男だ」

「あの場で婚約破棄を申し出たのは最後のチャンスだからです。今まで通り婚約解消を願い出るだけでは手遅れになると、焦っていらした。それにあの場で婚約破棄を告げればわたくしに同情が集まります。わたくしに非の無い身勝手な申し出であれば、新しい婚約者も見つかりやすいとの配慮ですね?」

 そうだ。あの夜は婚約を破棄する最後のチャンスだった。だからこそノルツは噂になるのも構わず婚約破棄を告げた。しかしノルツの目論見はまたしてもリナローズに看破されてしまった。

 ノルツはいずれ自身が追放される可能性に気付いていた。そのため婚約者であるリナローズを巻き込まないよう、遠ざけようとしていたのだ。しかしリナローズは厳しい言葉や態度の裏に隠された本心を見破る。

「子どもの頃の話ですが、わたくしは父と妹と町に行ったことがあるのです。一緒に食事をして、店を回って、とても楽しい一日だったことを覚えています。ですが楽しさのあまり、わたくしは二人からはぐれてしまいました」

 今思えば、あれもロザリーの策略だったのだろう。無事に保護された時、ロザリーはどうして戻ってきたのかと不満そうだった。

「二人とはぐれてしまったわたくしは、ある店の前で父を探て立ちつくしていました」

 日が暮れ夜が訪れても、リナローズはその場に取り残されていた。心細くて泣いてしまいそうだった。
 そんな時、声をかけてくれたのがお忍びで街を訪れていた幼い兄弟だ。

「二人のやり取りからして、わたくしを見つけて下さったのは弟さんの方でした。その方はわたくしに上着を差し出し、父が見つかるまで傍にいて下さったのです」

 リナローズの言葉によって記憶を呼び起こされたノルツは驚いていた。きっと今まで忘れていたほど、小さな思い出だったのだろう。けれどリナローズにとっては大切な思い出だ。

「そんなにも昔のことを、たったそれだけで俺を信じたというのか」

「もちろんそれだけではありません。ですがあの出会いがノルツ様に惹かれた切っ掛けということは確かです。だからこそわたくしはノルツ様を信じられた」

「馬鹿なことを」

 真実を知ってなお、ノルツはリナローズを拒絶する。だかリナローズの正直な物言いに、ノルツは言葉を詰まらせてしまった。こんなにも真っ直ぐな想いを向けられたことはなく、素直な眼差しを相手にどう振る舞うべきか躊躇いを覚える。