「わたくしは……」

「ええ」
 
 聞かせて早く!

 可憐な令嬢の仮面を外したロザリーは今か今かとその言葉を待ちわびる。それ以外に姉の心はないと決めつけていたのだ。

 だってそうでしょう?

 姉が王子の婚約者に選ばれたと知った瞬間、ロザリーの目の前は真っ赤に染まった。どうして自分ではないのかと強い嫉妬に駆られた。
 それが今や立場は完全に逆転している。
 婚約者のミリアムは公爵家の次男。姉に心を奪われていた時期はあるが、両親同様にロザリーのことを甘やかし、なんでも言う事を聞いてくれる。ミリアムを婿に迎えれば、いずれこの侯爵家はロザリーのものになるだろう。
 だから自分の方が幸せだ。今度は姉が自分に嫉妬する番だと、ロザリーはこの日を待ちわびていた。

 首筋の痛みに僅かに顔をしかめた姉の姿にロザリーの優越感がわき上がる。
 離れて見れば妹との別れが辛くて顔をしかめているようにしか見えないだろう。そういう計算だった。そのために日々愛される人間を演じているのだから、そう見えなければ困る。

 さあ、言って!

 切望するロザリーの目の前でゆっくりとリナローズの唇が動いた。

「わたくし今、とても幸せですわ」

「は――?」

 その顔は、まるで抑えきれない幸福を抱えているような、幸せいっぱいの微笑みだった。

 きっとミリアムは姉のこの笑顔にたぶらかされたのだと、目的も忘れて場違いな考えがロザリーの頭をよぎる。

 ロザリーが惚けた拍子にその腕から抜け出したリナローズは何事もなかったかのように身を引いた。首筋の傷は長い髪によって隠れ、ロザリーの存在などまるで目に入っていないかのように颯爽と、リナローズは生まれ育った家を後にしたのだ。