家族や他人の目がなければロザリーはたちまち可愛らしい妹ではなくなる。その仮面の下には嫉妬深く欲の深い女が隠されているのだ。
 彼女を知る人間がその歪な笑みを前にすれば本人であるかを疑うだろう。けれどリナローズだけは、その本性こそが妹のロザリーであると知っていた。

 それはノルツの婚約者に選ばれた時から始まった。

「どうしてお姉様が王子様の婚約者なのですか?」

 夜、寝室に訪れたロザリーはリナローズの腕を力一杯掴み、爪を立てながら詰め寄った。
 決めたのは大人たちだとそういえば、ロザリーは狡いと言って泣き出してしまう。そうして涙ながらに寝室を飛び出し、姉に泣かされたと両親に言いつけた。
 両親は姉妹の喧嘩だと大事にすることはなかったが、姉なのだからとリナローズだけが諫められた。

 あの日からロザリーは姉に対する嫉妬を隠すことがなくなった。

 姉に贈られた物があればそれを奪い、まるでリナローズが悪いかのように告げ口をする。ロザリーにとってリナローズという人は先に生まれたからという理由だけで自分より恵まれている大嫌いな人なのだ。

 両親はいつでも帰ってきて構わないと言ってくれたが、それはロザリーが許さないだろう。いずれ夫を迎えてこの屋敷を支配するのはロザリーだ。そこに自分の居場所がないことくらい容易く想像がつく。こうして部屋を訪ねてきたのも釘を刺すためだろう。

「ねえ、お姉様。私ずっとお姉様が羨ましかったんですよ。この部屋だってそうです。私はこの部屋から見える景色が気に入っていたのに、お姉様の部屋だった」

 娘たちに与えられる部屋は生まれた順で決められた。そこにリナローズの意思は関与しておらず、ましてや一度強請られて部屋を変わっている。
 だがそんなことは言っても無駄だ。ロザリーはリナローズと言う人の全てが気に入らないのだから。

「お姉様、知っていましたか? 私の婚約者であるミリアム様、お姉様のことが好きなのですよ」

 たとえそれが真実だったとしても、他者の心を決める権利はリナローズにはない。

「私はいつだって妹。二番目で、婚約者にも恵まれなき。惨めで、我慢を強いられて、もうたくさん!」

 もう一度、強く踏みつぶされたぬいぐるみは避けてしまった。

「私の欲しいものはなんでもお姉様がもっていた。ええ、悔しかったですよ。でも……ふふっ」

 ロザリーはその可憐な容姿をこれでもかと見せつけるように鮮やかに笑う。

「明日からお姉様は追放王子の妻! こんなに滑稽なことはありません!」

 この話はいつまで続くのだろう。小さな溜息が感情的になるロザリーに気付かれることはなかった。

「お姉様が王子殿下の婚約者に選ばれたと知った時の私の気持ちがわかりますか? みんながお姉様を羨んで、褒めて、憧れて、誰も私には見向きもしなかった。でもその王子様は王位争いに破れて追放! 今ではみんながお姉様を哀れんでいる。ふふっーーねえ、今どんなお気持ち? さぞ惨めでしょうね!」

 いい気味だと、好き勝手にわめき散らしたロザリーは満足したのか部屋を出て行った。