ノルツの追放が決まってからのラディアン家の様子は慌ただしいの一言に尽きる。本来手順を踏み、長い月日と情勢を鑑みて行われるはずだったリナローズとノルツの結婚が早まったためだ。しかし事情を知らない者からすればそれは結婚式の準備ではなく、まるで旅行の支度をしているように見えるだろう。

 本来リナローズは結婚した暁には城に離宮を与えられるはずだった。けれど追放されるノルツの妻にそれは許されない。妻になる事を約束させられたリナローズもまた、夫とともに追放地へ向かわなければならなかった。
 王位争いに敗れたノルツのために盛大な結婚式は許されない。国民に祝福されることなくひっそりと、リナローズは明日、ノルツの迎えで追放地へ旅立つことになっている。

 王子の婚約者から一転、惨め極まりない境遇だ。羨望を集めていたリナローズに向けられたのは同情で、彼女を羨んでやまない令嬢たちからは嘲笑されることもあった。
 その屈辱にラディアン家は混乱の渦中にいる。誰よりも落ち着いているのは嫁入りするリナローズばかりで、本人は慌ただしい空気に目もくれず、部屋で読書に耽っていた。
 そんなリナローズの元を訊ねたのは妹のロザリーだ。

「お姉様。支度は順調ですか? 何かお手伝い出来ることがあればと思って、様子を見に来ました」

 ロザリーは可愛らしい表情を浮かべてこちらの様子を窺っていた。

「ありがとう。でも大丈夫よ。みんなが頑張ってくれているから。それにわたくし、荷物は多く持って行くつもりはないの」

「そうなのですか? では、持って行くつもりがないものは私がいただいてもいいのですね!」

 可愛らしく首を傾げて名案だと言うロザリーに、リナローズは素っ気ない返答をした。

「好きにしていいわ。もうこの家に帰るつもりはないから」

 人によっては冷たいと思われるだろう。しかしロザリーから感じるのは喜びだ。

「そうなのですね。では明日からここは私の部屋として使わせていただきます」

 二度と会うつもりがないという宣言に悲しむことなく言葉を続ける。それどころか頬を染め、うっとりと語るのだ。

「この人形も、この机も、明日からは私のものになりますね」

 なぞるような視線を向け、ロザリーは遠慮無くベッドへ歩み寄る。そこに置かれていたウサギのぬいぐるみを抱き上げ胸に抱えると、一際笑みを深くした。

「好きになさい」

 素っ気なく答えれば、ロザリーは嬉しいですと言ってぬいぐるみを高く抱き上げる。そして無残に手を離した。

「……なあんて、私が言うと思いましたか? お姉様のお下がりなんて嫌ですよ」

 ロザリーはドレスと揃いの可憐な靴でリナローズが大切にしていたぬいぐるみを踏みつけた。何度も何度も、リナローズの心を傷つけるように目の前で。