「ノルツ様。お部屋の支度が調っておりますので、ゆっくりお休みになって下さい。部屋は別々に用意させてありますので、ご安心下さいね」

「は?」

「他人であるわたくしと一緒では気が休まらないでしょうから」

 彼女にとって自分はまだ他人の域を出ていないと思われているらしい。もう突き放すのではなく愛そうと覚悟を決めた矢先にこれである。やはりこの女は思い通りにならないとノルツは苦い想いを抱えた。だが元はと言えば自身の招いた失態だ。
 しかしそれが優しさ故の気遣いであったとしても不満が募る。そうさせてしまったのが自分であることもさらに拍車をかけていた。

「君。俺は君が嫌いだ」

「はい。存じております」

 案の定、傷つくそぶりも見せずに頷かれ、それがたまらなく気に入らない。

 ――ああ、言ってやろうとも。

「ああ、嫌いだとも。俺の心を知りもしないで無邪気に笑いかける君がな」

「ノルツ様?」

「俺たちは夫婦なのだろう。君は夫を一人で眠らせておくのか?」

 ノルツの言わんとするところを察したリナローズの顔が瞬時に赤く染まる。いい気味だとノルツは思った。

「は、え? あの、少し……意味が……?」

 しかしまだ信じきれずにいるのだろう。幼い頃の思い出一つを信じてここまで来ておきながら、目の前の自分のことは信じられないと言う。ならばもう一度告げるまでだ。今度ははっきりと。

「俺は君が欲しい。傍にいて欲しいと、そう願う」

 伸びた指先が薄くなったリナローズの傷跡を撫でていく。あの時告げられた言葉が頭をよぎり、さらにリナローズの体温は上がっていく。

 リナローズはノルツを愛していた。幼い頃に抱いた恋心は成長するにつれて増すばかり。ノルツのことを想えば幸せを感じられた。
 だがしかし、そこに自分が愛されることは想定していなかった。急に心を向けられたリナローズの動揺は、これまでのシナリオを一転させる。冷静だったリナローズの慌てふためく様子を見てノルツは満足そうだ。

「はいっ、すぐに、っ……すぐに参ります!」

「ああ。待っているぞ……リナローズ」

「――っ!?」

 初めて名前を呼んでもらえた気がする。言葉にならない悲鳴を堪え、リナローズは顔を真っ赤にして逃げ出した。
 遠ざかる後ろ姿をノルツは愛しそうに見つめていた。その心の内は、夜が訪れればあれが手に入るという喜びだ。