「血は乾いているようだが」

 覗きこまれ、労わるような声音が直接耳を震わせる。

「大丈夫ですよ!? 本当に!」

 距離が近い。今までこれほどまでにノルツの傍を許されたことはなかったため、いささか刺激が強かった。

「怪我をしているのなら早く言え。念のため宿に着いたら手当をしよう」

「あ、あの、ご心配いただき、ありがとうございます。お見苦しい物を、申し訳ありませんでした。必ず、すぐに傷を隠しますので!」

 ノルツはリナローズの他人行儀な反応を気に入らないと思ってしまった。これまでずかずかと自分の領域に踏み込んできたくせに、急に距離を置こうとするのだ。しかしリナローズにとってはノルツに迷惑をかけたくはないという心配りである。
 ノルツは自信から身を引こうとするリナローズをつい追いかけてしまった。

「君……この俺の妻だというのなら俺以外に傷をつけられるな」

「はいっ!?」

 幾度とない婚約解消にも動じなかったリナローズは動揺した。突然かけられた甘い囁きに今度はリナローズがどうしていいかわからなくなってしまう。
 ノルツでさえ、どうしてそんな独占欲の塊のような台詞が自分の口から飛び出してきたのかわからなかった。
 車内にぎくしゃくとした空気が漂いだした頃、ちょうどその日の宿に到着したことは幸いだ。

 休憩を挟みながら馬車を進ませ、ついに二人は目的地へとたどり着く。御者からの到着を知らせる声にリナローズはある提案をした。

「せっかくですからお屋敷まで歩いてみませんか? これからわたくしたちの暮らす土地です。その土地を知るには実際に歩いてみるべきかと」

「そうだな。君の言う通り、町の様子を知ることも領主にとっては大切なことだ」

 ノルツにとってこの地に足を踏み入れることは不名誉なことのはずだった。それなのに、こうもすんなり状況を受けいられるようになっていたことには少なからず驚かされる。リナローズの前向きな性格のせいか、この境遇を悲観することは減っていた。
 やはり自分には彼女のような存在が必要なのかもしれないと、リナローズの存在が大きくなっていくのを感じている。
 だがノルツの驚きは町についても止まらない。