「ノルツ様、わたくしうるさかったでしょうか……?」

「いや」

「本当に?」

「本当だ。俺はこの通り、人を楽しませるような会話には通じていない」

 リナローズは慎重にノルツの反応を窺う。

「……だからこそ、俺には君のような人がちょうど良いのかもしれないな」

 それはノルツの本心だった。少なくともリナローズとともに馬車に揺られているこの現状に苦痛を感じていないと告げたつもりだ。
 しかしリナローズにとっては違う。初めて傍にいることを認めてもらえたのだ。
 その一言が言葉がリナローズの胸を締め付ける。溢れんばかりの衝動に胸を貫かれ、破裂してしまいそうだ。
 胸を抑え、あげく感極まって泣き出すリナローズに動揺したのはノルツである。

「どうした!?」

 胸が痛むのかと誤解させてしまった。目にもとまらぬ早さで向かい合っていたはずが、隣に座られてしまう。

「え? あ、いえ、これは……」

「どこか痛むのなら早く言え! すぐに医者を」

「ち、違うのです! これはその、ノルツ様が、あまりにも嬉しいことを言って下さったので、胸が苦しくなってしまって」

「……は?」

 ノルツが本気でわかがわからないという顔をするのでリナローズは初めから丁寧に説明してやった。

「わたくしはノルツ様が優しいことを知っていました。だからこそどんなに否定されても貴方を信じていられた。ですがその、先ほど、初めて一緒にいて良いと、そのように認めて下さったものですから……嬉しくなってしまって……」

 頬を染めるリナローズの温度が伝染したのか、それはノルツの胸中まで染めていった。

「そう、か」

 やっとの思いでその言葉を口から絞り出す。しかし近づいたことで目に入ったそれに、ノルツは再びリナローズの肩を押さえた。

「君、それはどうした」

 隠れていた傷がノルツの目に付いたらしい。幸せのあまり失念していたが、そこにはロザリーによってつけられた傷があることを思い出す。

「痛むか?」

 赤く腫れた線は痛々しい。しかしリナローズはけろりとしていた。

「大丈夫です。気性の荒い猫に引っかかれたのですが、今は幸せで胸がいっぱいで、ご指摘されるまで失念していたくらいです」

 ロザリーが聞けば憤っただろう。結局妹の存在はリナローズにとって影を落とすには至らなかったのだ。