理不尽なことがあろうとノルツとの未来を思えば頑張ることが出来た。
 ゲームのリナローズは望まない婚約、不本意な嫁ぎ先、冷酷な夫に心を病んでいたが自分は違う。この婚約がリナローズの心の支えだった。追放されることなんて関係ないと思えるほどに。

「愛する方の傍にいられるのですからこれ以上の幸せはありません。わたくしどこへだって喜んで一緒に参ります。ノルツ様、貴方に愛する女性がいらっしゃるのならわたくしは身を引きましょう。ですがわたくしのことを想ってのお言葉でしたらわたくしが頷くことはありません。わたしくはノルツ様の妻。それ以外の人生なんて嫌です!」

「馬鹿なことを……」

 先ほどと同じ台詞だ。しかしノルツの表情に先ほどまでの驚愕はない。そこに在るのは純粋な呆れと、理解に苦しむという困惑だ。そして最後には諦めのような空気を感じた。
 見ようにようってはどことなく微笑んでいるようにも感じるだろう。眼福だと、リナローズの心は欲望に正直だった。正直に言って、ノルツの凛々しい顔立ちは大変好みである。それをこんなにも傍で、これからは毎日見られるというのだから幸せだと、また喜びを噛みしめていた。

 そんな二人を乗せた馬車は追放地へと順調に進んでいく。しかし当人たちは晴れやかな表情を浮かべているため、ロザリーが目にすれば悔しさに苛立っただろう。

 リナローズはノルツを退屈させまいと、馬車に揺られている間、自分が知る限りの乙女ゲームのストーリーを語った。ノルツには未だ信じられないかもしれないが、自分ばかりがノルツとの未来を知っているというのも寂しい。もっともゲームのように殺伐とした悪役夫婦にはならないとの決意も込めてである。
 ノルツは短く相づちを打ちながらではあるが、黙ってリナローズの話を聞いてくれた。

「きっと新しい生活も楽しいですよ」

「そうだろうか」

「わたくしが楽しくしてみせます」

「そうか」

 そう答えるノルツは、いつしかリナローズから春の日のような暖かさを感じるようになっていた。窮屈に感じていた馬車も苦ではない。この笑顔がずっと隣にあるのなら、悪くないと思えてくるから不思議だ。
 ところが自覚すると、たちまち目の前の相手を直視出来なくなる。照れくさかったのだと気付いたのは少し経ってからで、気まずさから窓の外へと視線を映してしまった。自分はもう長い間、その笑顔から逃れ続けていたのだ。
 しかしリナローズにとってそれは深い呆れとして映る。