「申し訳ございません! わたくしノルツ様に対する理解が及んでおりませんでした!」

 そうだ。この娘は理解が及んでいなかったと、ノルツはリナローズの言葉を胸中で繰り返す。しかし二人の思いの先は違った。

「君は兄を選んでいれば良かったんだ。そうすれば幸せになれた」

 ありもしないこと未来だとわかっている。だがノルツはそうなっていれば良かったと本気で思っていた。せめて関係のない婚約者には幸せになってほしかったのだ。それなのにリナローズはノルツの願望を打ち砕く。

「いいえ。わたくしの幸せはノルツ様とともに。言いましたでしょう? わたくしはノルツ様の優しさを知っていたと」

 リナローズはゲームを通してノルツの真実を、ノルツの秘めていた優しさに触れた。
 ゲームでは悪役夫婦の片割れとして実の息子を愛さず、攻略対象の心に闇を作り、主人公に試練を与えユーザーの不興を買うノルツだが、その心には妻への思いやりが眠っていたことを知っている。


 ――あれが歪んでしまったのは私のせいだ。私が王位を奪われ追放される形でこの地に追いやられてから、あれには肩身の狭い思いをさせてしまった。申し訳なかったと思っている。


 悪役として描かれていたが、追い詰められたノルツが最後に溢したのは妻への秘めた思いだった。
 それをゲームのリナローズが知ることはなかったが、自分はノルツからリナローズへ向けられた心があることを知っている。

「あの日わたくしを見つけて下さったのはノルツ様です。わたくしを救って下さったのも、一緒にいて下さったのもノルツ様です」

 結局はゲームとは関係ないところでノルツを好きになってしまった。

 心細さに涙が出そうになった時、最初に声をかけてくれたのも。

 助けを呼びに行った兄に変わって一緒にその場で待ち続けてくれたのも。

 寒くなってきたからと上着を貸してくれたのも、手を握ってくれたのも全てノルツだった。