肺のあたりが、もやもやする。それを掻き消すために、なにか別のことを考えようとした。そうこうしているうちに、この俺がせっかくきれいに作りあげた三つ編みを、ツキは一瞬で解きやがったのを見つける。

華奢な指先がすーっと梳かしただけで、跡形もなく俺の努力の痕跡が消えた。

まあ、努力はしてないけど。でも、癖も残らないさらさらした髪を見ていると、能天気な幼なじみにたいして、なんだか無性に腹が立ってきた。


「ていうか、」


俺は、ツキの小さい顎を片手でつかんで、くいっとこちらに向かせてやった。机ひとつを挟んでいるとはいえ、お互いの顔はそれなりの至近距離にある。

教室の端っこで、あつく見つめ合うような雰囲気になってしまい、クラスメイトの悲鳴があがったのを遠くに聞いた。

でも、そんなの、もうどうでもいい。俺は雑音をシャットアウトして、ツキだけに告げる。


「オマエ、俺と結婚するんじゃねえの」


おもわず、口が悪くなってしまった。普段よりずっと声も低いし、これは王子さま失格といわれても仕方ない。それくらい、機嫌が急降下してしまった。

だけどこの幼なじみが、俺のご機嫌をとろうとするはずもなく。


「え?なんでわたし、ホシくんとけっこんするの?」


相も変わらず、ふわふわと首を傾げている。なんにも分かっていないツキなので、俺は自慢げに教えてあげた。人差し指をたてて、説明のポーズ。


「オマエ、知らないの?」

「しらない、おしえて」

「男女の幼なじみだからだろ」

「ん?さらに、なんで?」


ここまで言っても、まだ分からないらしい。ばかだなあ、ほんと。


「ほら、ツキが読んでる少女漫画とか恋愛ドラマとか、思い出してみて?」

「うん?」

「男女の幼なじみは、結ばれるって決まりなの」


彼女に対しては、幼いこどもに言い聞かせるように話してしまう。同じ歳なのに。