「なんかあったの?朝からおかしくね?」

「うーん」

「メイちゃんでしょ?」


くるくるくるくる。吉原の指先ではボールが回り続ける。なんでもお見通しの友人から、そのボールを奪いとって、やけくそにシュートした。

俺たちの立ち位置から体育館の反対側にあるゴールに向かって、ボールがまっすぐに吸い込まれていく。雑に投げたわりには、空中にきれいな弧が描かれた。

その行く末を、ふたりで眺める。数秒後、かこん。音が鳴る。よし、きまった。

みんな見てるー?こんな距離あるのに、てきとーに投げてゴール決めちゃったー!いまシュートしたの俺だよーみてるー?
 
茶色の球が、網からぼとんと落ちてくる。近くにいたクラスメイトがそれを拾ってくれたので、片手をあげてお礼した。ありがとう。

それからまた、ボールを奪われたのに怒りもしない、器のでかい吉原に向き合って。


「なんでわかるの」

「あえていうなら、愛?」

「尊くて泣いた」


なんて会話をするけれど、どうせ、俺がわかりやすいだけだ。

俺の精神を乱せるのは、体育に参加せず、というか体育館にも現れない彼女ただひとり。メイという愛称で親しまれている、あの子だけ。

これはもう、物心ついたときから、ずっとそう。

そんなツキは、めったに体育の授業を受けない。あまりにも当然のようにそれをしているので、もはや先生も何も言わない。

ちなみに彼女が体育に不参加の理由は、〝わたしには高校のジャージが似合わないから〟だ。それだけ。それを正々堂々と公言したうえで、友人を伴ったツキは、体育の授業時間を女子更衣室で過ごしている。

もはや先生も諦めている。ツキには悪意がないので、いくら打っても響かない。そして(俺以外の)誰かに迷惑もかけることもないので、もう、見過ごすことにしたらしい。正しい対処法だと思う。

幼なじみは、ニュータイプの不良なのかもしれない。

ちなみに、女子更衣室のふたりは、アイドルのダンスをまねて練習したりしているみたいだ。けっこうハードな運動なのだそうで、彼女はその時間を〝ほぼ体育〟と述べている。